
小山田真
1982年3月10日、岡山県生まれ。幼い頃からブルース・リーやジャッキー・チェンに憧れ、ハリウッドでアクションスターになる事を夢見る。高校卒業後、00年に周囲の反対を押し切って単身渡米。演技経験も英語力もゼロからスタートした。03年製作の『ラスト サムライ』で、渡辺謙演じる「勝元」の息子「信忠」役に抜擢され、これを好演して評価を受けたのちに、次々とハリウッド作品に出演する。06年春には自らの製作会社を立ち上げ、プロデュースにも携わる。07年11月には初プロデュース映画“Good Soil”が公開された。
1982年3月10日、岡山県生まれ。幼い頃からブルース・リーやジャッキー・チェンに憧れ、ハリウッドでアクションスターになる事を夢見る。高校卒業後、00年に周囲の反対を押し切って単身渡米。演技経験も英語力もゼロからスタートした。03年製作の『ラスト サムライ』で、渡辺謙演じる「勝元」の息子「信忠」役に抜擢され、これを好演して評価を受けたのちに、次々とハリウッド作品に出演する。06年春には自らの製作会社を立ち上げ、プロデュースにも携わる。07年11月には初プロデュース映画“Good Soil”が公開された。
ハリウッドから小山田真です。
アメリカでは5月は、アジアン・ヘリテージ(heritage:文化遺産)の月です。全米のいろいろな場所で5月いっぱい、アジア文化遺産の祝典が開催されます。……と、いきなりウンチクから始まりましたが、僕も少し前までは全米規模でこのようなアジアのお祝いがあることをまったく知りませんでした。
なぜ5月かと言いますと、1843年5月7日に初めて日本人がアメリカに移住し、また1869年5月10日には、多くの中国人たちの労働により大陸横断鉄道が完成したからなんだそうです。このアジアン・ヘリテージの月は、1978年に制定されました。
アメリカでは5月は、アジアン・ヘリテージ(heritage:文化遺産)の月です。全米のいろいろな場所で5月いっぱい、アジア文化遺産の祝典が開催されます。……と、いきなりウンチクから始まりましたが、僕も少し前までは全米規模でこのようなアジアのお祝いがあることをまったく知りませんでした。
なぜ5月かと言いますと、1843年5月7日に初めて日本人がアメリカに移住し、また1869年5月10日には、多くの中国人たちの労働により大陸横断鉄道が完成したからなんだそうです。このアジアン・ヘリテージの月は、1978年に制定されました。
ハリウッドも祝うアジアン・ヘリテージ
僕がもっとも驚いたのは、この月がアジア系アメリカ人やアメリカに移住したアジア人のコミュニティ内だけではなく、ハリウッドの映画業界でも当時から歓迎され、祝われてきたということなんです。
この月を祝うため、ハリウッドのメジャースタジオのひとつ、『ラスト サムライ』の製作スタジオでもあるワーナー・ブラザースは毎年、“Networks of Asian Pacific American(NAPA)”というチャリティー・イベントを開催しています。先日のこのイベントに僕も招待され、喜んで参加させていただきました。
このNAPAは、例年ワーナーのスタジオ内で開催されていますが、今年はロサンゼルス、ダウンタウンの北東に位置するパサディナのアジアン・パシフィック美術館で行われました。
特別ゲストスピーカーとしてワーナーから、ビジネスおよび法律事務の上席副社長ジュン・オーさんがスピーチ。その他にもいろいろなボランティアの方々、ワーナーの職員たちがたくさん集まりました。僕も、僕のプロデュース・パートナーであるポール・ヘラーさんを招待しました。
この月を祝うため、ハリウッドのメジャースタジオのひとつ、『ラスト サムライ』の製作スタジオでもあるワーナー・ブラザースは毎年、“Networks of Asian Pacific American(NAPA)”というチャリティー・イベントを開催しています。先日のこのイベントに僕も招待され、喜んで参加させていただきました。
このNAPAは、例年ワーナーのスタジオ内で開催されていますが、今年はロサンゼルス、ダウンタウンの北東に位置するパサディナのアジアン・パシフィック美術館で行われました。
特別ゲストスピーカーとしてワーナーから、ビジネスおよび法律事務の上席副社長ジュン・オーさんがスピーチ。その他にもいろいろなボランティアの方々、ワーナーの職員たちがたくさん集まりました。僕も、僕のプロデュース・パートナーであるポール・ヘラーさんを招待しました。
パートナーであり師匠、ポール・ヘラー氏

左から小山田、ポール・ヘラー氏、ジュン・オー氏
ポール・ヘラーさんは、以前ワーナーの取締役で、ブルース・リーの『燃えよドラゴン』の製作をはじめ、多くのオスカー受賞作品などを手がけてきたかたで、アメリカの映画業界でアジア系アメリカ人としてどのように苦労して今にいたるか、いつもいろんな話をしてくださるのでとても勉強になります。
こういうイベントに参加すると、これからアメリカなどで国際的に仕事をして行く上で、僕らはもっと日本はもちろんアジア全体の伝統文化や遺産を敬い、世界の人たちにきっちりと伝えていかないといけないのだといつも再認識させられるんです。
僕がこちらの映画業界に入ろうと思ったきっかけは、ただ単にハリウッドの映画俳優になって世界で活躍したいと夢に描いたからでした。でも今思えば、映画というのは、アジアだけではなく世界中の伝統文化を共有し合い、影響し合っていく最大で最良の方法のひとつなんですよね。
その中で、俳優、プロデューサー、そしてアジア人としてこれから自分がどのような映画に関わっていくべきか、さらに気を配って考えよう——そんな気持ちを新たにした、アジアン・ヘリテージの5月でした。
また来週! 小山田真でした。
こういうイベントに参加すると、これからアメリカなどで国際的に仕事をして行く上で、僕らはもっと日本はもちろんアジア全体の伝統文化や遺産を敬い、世界の人たちにきっちりと伝えていかないといけないのだといつも再認識させられるんです。
僕がこちらの映画業界に入ろうと思ったきっかけは、ただ単にハリウッドの映画俳優になって世界で活躍したいと夢に描いたからでした。でも今思えば、映画というのは、アジアだけではなく世界中の伝統文化を共有し合い、影響し合っていく最大で最良の方法のひとつなんですよね。
その中で、俳優、プロデューサー、そしてアジア人としてこれから自分がどのような映画に関わっていくべきか、さらに気を配って考えよう——そんな気持ちを新たにした、アジアン・ヘリテージの5月でした。
また来週! 小山田真でした。






















