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『ピーター・バート、かく語りき』
ハリウッドにおける “秘密”のサバイバル方法を伝授

 
2008/04/16

ピーター・バート
米バラエティ誌 編集長。ウォール・ストリート・ジャーナル紙とニューヨーク・タイムス紙のレポーターを経て、1967年にパラマウント・ピクチャーズへ。『ゴッドファーザー』『ペーパー・ムーン』『ローズマリーの赤ちゃん』など数々の名作のプロデュースに関わり、77年、独自の製作会社を設立。そこで『郵便配達は二度ベルを鳴らす』などの作品をプロデュースする。MGM/UAの上席副社長を経て、89年よりバラエティ誌の編集長兼副社長を務める。

チャールトン・へストンの柄にもない政治活動

チャールトン・ヘストン
チャールトン・ヘストン
 HBOが先日、新しいテレビ番組の制作を6話で打ち切ると発表。2500万ドルの制作費を飲み込んだ。これは、長い間続いているショービズ界の掟をまざまざと見せ付ける事実だ。つまり、ヒット作品の扱い方は誰もが分かっているが、失敗したときに上手く対処できる人はなかなかいない。

 新作映画やテレビ番組の配当がある時には、決まって多くの人々が、これは自分の手柄と主張し始めるのは面白いことだ。ところが、プロジェクトが大失敗したら、その中の何人かは、記録的な速さで犯罪現場から立ち去っていく。

 HBOの場合は、“12 Miles of Bad Road”という題名の番組だったのだが、プロデューサーたちは逃げずに踏ん張り続けることを決めた。HBOが手を引くと発表した後、プロデューサーのハリー・トマソンとリンダ・ブラッドワース・トマソンは、あらゆる批評家に番組を見せた。結果は、良し悪しだった。我がバラエティのブライアン・ラウリー同様、ほとんどの批評家が番組を気に入ったが、すごく良い、と言ったものはいない。現時点ではまだ、この番組を引き継ぐと名乗りを上げた局はない。

 今年はスタジオ各社も数々の失敗を乗り越えなければならなかった。中には、冷静でいられなかった会社もある。そんな時、彼らは以下の様な行動に出る悪い癖がある。

●批評家向けの試写会を設定した後でキャンセルする: “Leatherhead”のケースに見られるように、これをやってしまうと、メディア界に対してこの映画は失敗作だと発表したも同然になる。批評家たちはどっちみち数日後には酷評するのだ。

●期待値を下げる:これは “Drillbit Taylor”のケースだが、マーケティングの担当者たちは、公開週の興行収入予想をかなり低く見積もった。そうしておいて “予想以上のヒット”と、ほくそ笑むのだ。そんなことをしても、この作品が興行的に失敗だったという事実から逃げることは出来ないのに。

●公開日を遅らせる:スタジオが “もっとこの作品に合った公開日に変更”と言い訳して、公開日を何カ月も遅らせる時は、ほとんどの場合、その四半期に赤字を出したくないという裏の意味がある。

 トム・クルーズ主演の “Valkyrie”もすでに2回、公開予定日が遅らされている(現在の公開予定日は2009年2月13日)。ユナイテッド・アーティストがどれ程この作品を、素晴らしい出来と言ってみたところで、懐疑心がチラチラと頭をかすめるのだ。

 言っておくが、スタジオもHBOと同様の手段を取る事が時々ある。しかし、莫大な製作費をかけた映画を公開しないで葬り去ったり、ビデオストレートに追いやってしまうことは、どんどん難しくなってきている。

 私がスタジオで働いていた頃、ある作品を、大変恥ずかしい思いをして何度か試写にかけた後、とうとう公開しないと決断したことがある。私としてはそれで逃げたつもりだったのだが、後日、親会社のCEOに呼び出され、「どうせお蔵入りにするなら、少なくとも作った形跡も消したまえ!」と、叱られた。彼の策略は、基本的な権利をいくつかの幽霊会社名義にし、作品を自社の公開スケジュールから消すだけでなく、帳簿からも消してしまう、というものだ。この案は見事に上手く行った。証券取引委員会が赤旗を振るまでは。彼らはまるで「作ってしまったのだから、最後まで責任を取れ」といわんばかりであった。

 確かに、この監督機関の言うことは正しい。


                          * * *

政治と落とし穴

『ベン・ハー』
『ベン・ハー』
 4月5日に他界したチャールトン・ヘストンに、私は一種の尊敬と好意を抱いていた。彼は慈悲深く、思いやりのある人物だった。(そして、私のテニスのパートナーでもあった。)しかし、ある一点のみ、彼の柄ではないような部分を持っていた。それは、政治に関する部分だ。今日では、スターや有名人が政治的な信念について公に語ることが多くなってきたが、それは考え直すに値する領域だろう。

 ヘストンの言動には、まさに生真面目とも言うべき、見事な熱心さがあった。市民権活動家であり、また全米俳優組合(SAG)の会長としても、俳優たちの権利保護に力を注いだ。しかし、晩年には右翼に傾き、全米ライフル協会(NRA)の辛らつな活動家になってしまった。かつてはモーゼやミケランジェロを怪演した男がNRAの集会でライフルを掲げ、「我が国では、自宅に侵入してきた者を撃つ権利がある」と熱弁する姿を見ると、寒々しい思いがするものだ。

 ヘストンもまた、ゴア・ヴィダルマイケル・ムーアといった辛らつな中傷家たちの標的になるようなことを自らしていた。ムーアのインタビューのカメラが回っているのに、いらいらした様子で中座してしまったり、ヴィダルが持ち出した、『ベン・ハー』の同性愛的な潜在描写についての奇妙な議論に乗ってしまったり。ちなみにヴィダルは自伝にこう書いている。『ベン・ハー』でのヘストンとスティーヴン・ボイドとの関係には距離がありすぎたため、エロティックな意味合いを持つ描写を加える、ということで自分とウィリアム・ワイラー監督は同意したのだ、と。

 ヴィダルの小言を無視する代わりに、ヘストンはタイム誌でのインタビューで反論した。ヴィダルのこの提案はワイラー監督を始め、皆から却下されたのだ、と。そして、ヴィダルの主張は “自分をいらいらさせる”とも話している。

 誰でも怒りっぽくなる権利はある。だが、ヘストンはもともとミシガン州セント・ヘレンという、のどかな町で育った中西部出身者だ。この世界でよくやったが、力関係の変化にうまく対応出来なかったのだ。彼が直面した困難は、今日の若い俳優たちにとっていい勉強になるかもしれない。彼らは今、政治的な分野に初めて足を踏み入れているのだから。

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