
ピーター・バート
米バラエティ誌 編集長。ウォール・ストリート・ジャーナル紙とニューヨーク・タイムス紙のレポーターを経て、1967年にパラマウント・ピクチャーズへ。『ゴッドファーザー』『ペーパー・ムーン』『ローズマリーの赤ちゃん』など数々の名作のプロデュースに関わり、77年、独自の製作会社を設立。そこで『郵便配達は二度ベルを鳴らす』などの作品をプロデュースする。MGM/UAの上席副社長を経て、89年よりバラエティ誌の編集長兼副社長を務める。
米バラエティ誌 編集長。ウォール・ストリート・ジャーナル紙とニューヨーク・タイムス紙のレポーターを経て、1967年にパラマウント・ピクチャーズへ。『ゴッドファーザー』『ペーパー・ムーン』『ローズマリーの赤ちゃん』など数々の名作のプロデュースに関わり、77年、独自の製作会社を設立。そこで『郵便配達は二度ベルを鳴らす』などの作品をプロデュースする。MGM/UAの上席副社長を経て、89年よりバラエティ誌の編集長兼副社長を務める。
宛名:マット・デイモン
送り主:ピーター・バート
件名:公の場で個人を出さなくなったことについて
マット、最近めっきりマスコミに口を開かなくなったね——おっと、ハーバード大卒の君には、もっとエレガントな言い方をした方がよかったかな。君は詭弁を反復しているようだが、唯我論者にでもなったのかね。
君はハーバードのことや、プライベートに関することに一切触れて欲しくないようだね。結局のところ、最近、興行的に驚くべき成功を収めたし、自己消滅していく他のスターたちの傾向に気がついたといったところかな。君の結論は「映画スターにとって最も安全な道は、メディアから完全に距離を置くこと、そして個人的な嗜好や信念を完全に秘密にすること——つまり、個人としては消え去る」ということか。
スターは神秘的であるべき。素顔を取り上げるなんてことは忘れる。これを念頭に置いて、君はスター情報に飢えているトロント映画祭で、メディアの凝視をご丁寧に避けながら通り過ぎて行ったね。
そして君の態度は「GQ」でのインタビューではっきりと公言された。君はインタビュー時間のほとんどを、自分がいかにインタビューされるのが嫌いかという説明に費やした。好きな俳優10人(デ・ニーロ、ブランド、ストリープを含む)を挙げて、彼らの共通点はプライバシーを守ることだ、と言った。「マーロン・ブランドのプライベート?
誰がそんなの知ってるんだ」と例を出した。つまり、インタビューに臨む最高の姿勢とは——「退屈で不透明』であること。そう、これが今回のテーマだ。
ところで、どうしてこういうことになったんだい? マット。オーウェン・ウィルソンとリンジー・ローハンの自己破壊から学んだ答えかい? それとも親友のベン・アフレックが『ジリ』の時にジェニファー・ロペスと一緒にマスコミで悲惨な目に遭ったからか?
それとも、単に『ボーン』シリーズが驚くべき結果となって(『ボーン・アルティメイタム』は全世界で2億7800万ドルを超えた)、ちょっとうぬぼれているのか?
僕たちは皆、映画スターがプライバシーを失くすことへのジレンマをよく理解しているよ。素晴らしい富と際限ないアクセスを手に入れる代わりに、もう衝動的に道を歩き回ったり、近所のひいきのレストランに立ち寄ったりできないことも。あえて言うなら、ほとんどの人がそれは妥当な代償だと考えている。
しかし、マット、もし君の人生のゴールが公共から姿を隠すことなら、何を放棄することになるか考えるといい。君は友人のジョージ・クルーニーのように、政治的な慈善活動に名前を使うことを制約される。また、友人のブラッド・ピットのように、社会的慈善活動家として生きることからかけ離れたところで生きることになる。君は、つまり、退屈で不透明にならざるを得ない。それはハーバード大卒の男にふさわしいのかい?
君は「GQ」へのインタビューで、もし一般の人が自分の過去やプライベート・ライフを知ったなら、映画の中の自分のことをタフな男——殺し屋だからね——として受け入れ難くなるだろう、と言った。そんなにして、特権的な過去を守る必要があるのか? ハンフリー・ボガートもリー・マービンも私立大卒だが、タフガイを演じていた。でも、二人がそのことに申し訳なさそうにしていた記憶はないよ。
否定的に生きることは、ある意味、病的なことだ。最近のインタビューで、もう一人の「プライバシーをくれ同盟」の仲間であるクリスチャン・ベイルが、自分は追い詰められた時、日常的に嘘をつくと認めた。「ロサンゼルス・タイムス」の記者がなぜそんなことをするのだと尋ねたところ、彼は「みんなに本当の自分を知って欲しくないからだ」と答えた。そんなに隠すほど魅惑的な話があるのか? そんなはずはないだろう。
マット、良いことを教えてあげよう。メディア攻撃の中で、スター(または一般的有名人)にとって威厳や品位を保つことはより難しくなってきている。もし君が少数民族のグループか何かに対して、公共の場で騒ぎ立てたとしたら、メディアはあからさまに喜ぶだろうか? もちろん喜ぶだろう。警察の手でリハビリセンターへと強制送還される姿はゴシップ番組の格好のネタになる。
それでも、ローハンのプライベート・ライフと「退屈で不透明」との間には落ち着きどころがあるはずだ。君はそこに場所を確保することができる、と僕は思う。そしてもう少し、自分であることを楽しんでいる様になれる、と。
クルーニーを見てごらん。極右の一家の身代わりになっても、まだその辺で楽しんでいるし、意味のある映画を作っているよ。
マット、クルーニーと比べると、ブランドは行動も影響力も現代のロールモデルとは言えないね。
送り主:ピーター・バート
件名:公の場で個人を出さなくなったことについて
マット、最近めっきりマスコミに口を開かなくなったね——おっと、ハーバード大卒の君には、もっとエレガントな言い方をした方がよかったかな。君は詭弁を反復しているようだが、唯我論者にでもなったのかね。
君はハーバードのことや、プライベートに関することに一切触れて欲しくないようだね。結局のところ、最近、興行的に驚くべき成功を収めたし、自己消滅していく他のスターたちの傾向に気がついたといったところかな。君の結論は「映画スターにとって最も安全な道は、メディアから完全に距離を置くこと、そして個人的な嗜好や信念を完全に秘密にすること——つまり、個人としては消え去る」ということか。
スターは神秘的であるべき。素顔を取り上げるなんてことは忘れる。これを念頭に置いて、君はスター情報に飢えているトロント映画祭で、メディアの凝視をご丁寧に避けながら通り過ぎて行ったね。
そして君の態度は「GQ」でのインタビューではっきりと公言された。君はインタビュー時間のほとんどを、自分がいかにインタビューされるのが嫌いかという説明に費やした。好きな俳優10人(デ・ニーロ、ブランド、ストリープを含む)を挙げて、彼らの共通点はプライバシーを守ることだ、と言った。「マーロン・ブランドのプライベート?
誰がそんなの知ってるんだ」と例を出した。つまり、インタビューに臨む最高の姿勢とは——「退屈で不透明』であること。そう、これが今回のテーマだ。
ところで、どうしてこういうことになったんだい? マット。オーウェン・ウィルソンとリンジー・ローハンの自己破壊から学んだ答えかい? それとも親友のベン・アフレックが『ジリ』の時にジェニファー・ロペスと一緒にマスコミで悲惨な目に遭ったからか?
それとも、単に『ボーン』シリーズが驚くべき結果となって(『ボーン・アルティメイタム』は全世界で2億7800万ドルを超えた)、ちょっとうぬぼれているのか?
僕たちは皆、映画スターがプライバシーを失くすことへのジレンマをよく理解しているよ。素晴らしい富と際限ないアクセスを手に入れる代わりに、もう衝動的に道を歩き回ったり、近所のひいきのレストランに立ち寄ったりできないことも。あえて言うなら、ほとんどの人がそれは妥当な代償だと考えている。
しかし、マット、もし君の人生のゴールが公共から姿を隠すことなら、何を放棄することになるか考えるといい。君は友人のジョージ・クルーニーのように、政治的な慈善活動に名前を使うことを制約される。また、友人のブラッド・ピットのように、社会的慈善活動家として生きることからかけ離れたところで生きることになる。君は、つまり、退屈で不透明にならざるを得ない。それはハーバード大卒の男にふさわしいのかい?
君は「GQ」へのインタビューで、もし一般の人が自分の過去やプライベート・ライフを知ったなら、映画の中の自分のことをタフな男——殺し屋だからね——として受け入れ難くなるだろう、と言った。そんなにして、特権的な過去を守る必要があるのか? ハンフリー・ボガートもリー・マービンも私立大卒だが、タフガイを演じていた。でも、二人がそのことに申し訳なさそうにしていた記憶はないよ。
否定的に生きることは、ある意味、病的なことだ。最近のインタビューで、もう一人の「プライバシーをくれ同盟」の仲間であるクリスチャン・ベイルが、自分は追い詰められた時、日常的に嘘をつくと認めた。「ロサンゼルス・タイムス」の記者がなぜそんなことをするのだと尋ねたところ、彼は「みんなに本当の自分を知って欲しくないからだ」と答えた。そんなに隠すほど魅惑的な話があるのか? そんなはずはないだろう。
マット、良いことを教えてあげよう。メディア攻撃の中で、スター(または一般的有名人)にとって威厳や品位を保つことはより難しくなってきている。もし君が少数民族のグループか何かに対して、公共の場で騒ぎ立てたとしたら、メディアはあからさまに喜ぶだろうか? もちろん喜ぶだろう。警察の手でリハビリセンターへと強制送還される姿はゴシップ番組の格好のネタになる。
それでも、ローハンのプライベート・ライフと「退屈で不透明」との間には落ち着きどころがあるはずだ。君はそこに場所を確保することができる、と僕は思う。そしてもう少し、自分であることを楽しんでいる様になれる、と。
クルーニーを見てごらん。極右の一家の身代わりになっても、まだその辺で楽しんでいるし、意味のある映画を作っているよ。
マット、クルーニーと比べると、ブランドは行動も影響力も現代のロールモデルとは言えないね。






















