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『ピーター・バート、かく語りき』
ケネディ・センターがスティーヴ・マーティンを表彰

 
2007/12/04

ピーター・バート
米バラエティ誌 編集長。ウォール・ストリート・ジャーナル紙とニューヨーク・タイムス紙のレポーターを経て、1967年にパラマウント・ピクチャーズへ。『ゴッドファーザー』『ペーパー・ムーン』『ローズマリーの赤ちゃん』など数々の名作のプロデュースに関わり、77年、独自の製作会社を設立。そこで『郵便配達は二度ベルを鳴らす』などの作品をプロデュースする。MGM/UAの上席副社長を経て、89年よりバラエティ誌の編集長兼副社長を務める。

才能に溢れるが、とらえどころのないコメディアンが独特の道をゆく

ケネディ・センターで賞を受けるスティーヴ・マーティン
ケネディ・センターで賞を受けるスティーヴ・マーティン
 ワシントンD.C. ——並外れたキャラクターを演じることに夢中になるというビジネスにおいて、スティーヴ・マーティンはいつも特別な異常さを持っている。ほとんどのコメディアンたちはブルックリン出身で、ボルシチ・サーキット(注:ニューヨークのユダヤ人たちが避暑に利用していたホテル街)でジョークを学んだというが、マーティンはガーデン・グローブ(注:ロサンゼルス近郊の町)で育ち、ナッツベリー・ファームで働いていた。コメディアンたちはその成長過程で有名人たちの出演する劇場で働いていることが多いが、マーティンは真面目な小説やエッセイをニューヨーカー誌に執筆し、芸術品を収集していた。パーティーなどでコメディアンたちに会うと、彼らは毒のある個性を見せつけ、面白いことを言う。しかし、マーティンは、奇妙に無表情で、遠くの方にいる。こちらから話しかけると、いつも、どこか他のところへ行きたそうにする。

 こういったことを考えると、スティーヴ・マーティンは12月2日に首都のケネディ・センターで行われる授賞式の栄誉にも、喜びと同時に居心地の悪さを感じていることだろう。優れた主催者であるジョージ・スティーヴンスJr.の技術のすべてをもって、この劇的でない男のキャリアを効果的にドラマチックに見せるのだ。

 第30回目のこの授賞式の席で、マーティンの隣に座るのは、共に受賞するマーティン・スコセッシ、ダイアナ・ロス、レオン・フレイジャー、そしてブライアン・ウィルソンらだ。この宵は、ケネディ・センターのために500万ドルばかりの寄付金が集められる。ケネディ・センターは文化の象徴的建物として、ブッシュ時代の「暗黒の時」を勇敢にも耐え抜いた。

 実際、今週末、受賞者たちは祭り気分というよりは不安な面持ちでいることだろう。ケネディでの週末の前には、ホワイトハウスや国務省を公式訪問するという派手な祝賀が、何年も前からの通例となっているのである。

 マーティンの受賞は、彼の新しい本 “Born Standing Up”の出版と偶然にも重なった。著者と同じく、この本も定義し難い。回顧録でもなければ、笑えるわけでもない。むしろ惨めな子供時代やスタンダップ・コメディアンとしての変わったキャリアを痛ましく再整理しているものである。

 オレンジ郡で育ち、マーリンのマジック・ショップなどで働き、マーティンは自分のジョークをじっくりと作り上げていく。バンジョーを取り出し、観客をからかい(「今日は何人ここに居るんだ? 立ってみろ?」)、型にはまったオチを言う誘惑に抵抗した。彼は「ワイルドでクレイジー」と言われたこともあれば、『12人のパパ』に主演するようなポストモダンのコメディアンで、救いようもなく堅苦しい人だと思われることもある。

 30年前、「サタデー・ナイト・ライブ」でのデビューは確かに彼にとって大きなブレイクであった。しかし、今、62歳で、彼をどう判断するべきかは分からない。『ピンクパンサー』の続編の撮影を終え、マーティンはピーター・セラーズの模倣に傾いている。セラーズはかつて、ぼんやりした仮面をかぶった素晴らしい道化師だった。私は彼を知っていたが、本当のところ彼がどういう人物だったかは判らなかった。マーティンのクルーゾー警部はセラーズのギャグを捕らえているが、彼の本来の狂気ではないのである。

 そして恐らく、スティーヴ・マーティンは演技でも執筆業でも、いまだにオレンジ郡の少年で、究極的に抑制されているのだろう。新しい本の中でマーティンは、自分がいかに慎重に自分のパフォーマンスのテープを研究し、注意深く失敗を切り捨てていったかについて書いている。彼は「ジョークのない演技」を作り上げたかったのだ。ルイス・キャロルと同じくらいジェリー・ルイスを提案するというものだ(彼は時々ショーの中でT.S.エリオットを引用していた)。マーティンの作り上げる『Shopgirl/恋の商品価値』の様な物語には、このような支配への固執も反映されている。この本は、他に類を見ない、情熱についての情熱無き本、である。

 私とマーティンとの会話では、私はいつも、彼がいかに印象付けをしないように必死になっているかということに感心する。しかし、今週のケネディ・センターでは彼はタキシードを着て、笑ったり顔を引きつらせたりしていることだろう。そして恐らく、こう思うだろう。「私が誰であれ、どういうわけかここにいることを嬉しく思う」と。

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