
ピーター・バート
米バラエティ誌 編集長。ウォール・ストリート・ジャーナル紙とニューヨーク・タイムス紙のレポーターを経て、1967年にパラマウント・ピクチャーズへ。『ゴッドファーザー』『ペーパー・ムーン』『ローズマリーの赤ちゃん』など数々の名作のプロデュースに関わり、77年、独自の製作会社を設立。そこで『郵便配達は二度ベルを鳴らす』などの作品をプロデュースする。MGM/UAの上席副社長を経て、89年よりバラエティ誌の編集長兼副社長を務める。
米バラエティ誌 編集長。ウォール・ストリート・ジャーナル紙とニューヨーク・タイムス紙のレポーターを経て、1967年にパラマウント・ピクチャーズへ。『ゴッドファーザー』『ペーパー・ムーン』『ローズマリーの赤ちゃん』など数々の名作のプロデュースに関わり、77年、独自の製作会社を設立。そこで『郵便配達は二度ベルを鳴らす』などの作品をプロデュースする。MGM/UAの上席副社長を経て、89年よりバラエティ誌の編集長兼副社長を務める。
双方が真似できるコーシャックの「仲介人」マニュアル
OK. 白状しよう。私はシドニー・コーシャックとそこそこ親しい間柄だった。知らない人のために説明すると、コーシャックは全盛期、町の偉大なる「仲介人」であった。アル・カポネからルー・ワッサーマンまで、一生の間に幅広い人々と関係を持っていた。
本業は弁護士だが、コーシャックはハリウッドの労働関係の問題でよく「仲介」をした。ストライキが起こりそうになった時や、企業間の無作為の論争などがあっても、コーシャックにかかると電話数本で解決の糸口が見えていた。
コーシャック流ハリウッドの見解は、そこで扱われている事柄は、シカゴと変わらない、ということだった。すべては「取引」の問題だ。スタジオやネットワークは社員にいい給料を払っており、福利厚生も素晴らしく、家族的雰囲気を促し(「家族」という言葉には複雑な意味が込められるが)、その代わりに忠誠心と勤勉さを要求した。
結局、「取引」はその時代のシカゴではうまく行ったかも知れない。警察も、成されなければならないビジネスがあることを理解していたし、双方が得をすることも可能だった。
コーシャックは11年前に亡くなったが、もし今生きていたら、ハリウッドの混乱状態に失望しただろう。脚本家や出演者たちは経営者たちが彼らのためにしてくれたことに感謝していないようだ、と彼なら言うかもしれない。そして会社側は、厳しい駆け引きをやってのける才能をなくしてしまったようだ、とも。
コーシャックなら、確かに、デジタル・ダウンロード用に提示された報酬を強調したことだろう。もし彼の提示が受け入れられなかったとしたら、何人かがダウンロードしていたかもしれない。平和が勝つ。
もちろん、エンタテインメント業界はコーシャックの頃よりもずっと複雑になっているし、彼(そしてワッサーマン)がやっていたような、意見の不一致をまとめる独断的な方法は受け入れられないだろう。同時に、「取引」という哲学は特別のメリットを持っていた。町の職人たちはどんな標準で見ても、かなりいい報酬をもらっている。福利厚生もしっかりしている。
脚本家たちが将来のことを心配し、スタジオがとっている「新しいメディア」に対する態度に我慢がならなくなっているのは当然のことだ。コーシャックの答えは恐らく、「もし脚本家たちがスタジオから何か妥協案を引き出せなければ、監督たちにファイナルカット(注:編集作業の最終決定権の意味にかけている)を持たせればいい」というものだろう。
そして、やはりそこを通過することになりそうだ。監督組合は、何が必要か、実際的に何を引き出すことが出来るか、という独自の考えを持っている。
しかしながら、先週末までに、脚本家と会社側は生産的な話し合いをしているようだ。あとには監督組合が控えている。
もしかするとコーシャックの干渉は結局のところ必要なかったかもしれない。少なくとも俳優組合の交渉の番がくるまでは、ということだが。
コーシャックは俳優たちの扱いを得意としていた。アル・パチーノをMGMとのペイ・オア・プレイの契約からひっぺがし、そのために彼がパラマウントの『ゴッドファーザー』に出演できたことは有名な話だ。「家族」間の問題であれば、たった一本の電話でそんなことまで出来るとは驚きだ。
本業は弁護士だが、コーシャックはハリウッドの労働関係の問題でよく「仲介」をした。ストライキが起こりそうになった時や、企業間の無作為の論争などがあっても、コーシャックにかかると電話数本で解決の糸口が見えていた。
コーシャック流ハリウッドの見解は、そこで扱われている事柄は、シカゴと変わらない、ということだった。すべては「取引」の問題だ。スタジオやネットワークは社員にいい給料を払っており、福利厚生も素晴らしく、家族的雰囲気を促し(「家族」という言葉には複雑な意味が込められるが)、その代わりに忠誠心と勤勉さを要求した。
結局、「取引」はその時代のシカゴではうまく行ったかも知れない。警察も、成されなければならないビジネスがあることを理解していたし、双方が得をすることも可能だった。
コーシャックは11年前に亡くなったが、もし今生きていたら、ハリウッドの混乱状態に失望しただろう。脚本家や出演者たちは経営者たちが彼らのためにしてくれたことに感謝していないようだ、と彼なら言うかもしれない。そして会社側は、厳しい駆け引きをやってのける才能をなくしてしまったようだ、とも。
コーシャックなら、確かに、デジタル・ダウンロード用に提示された報酬を強調したことだろう。もし彼の提示が受け入れられなかったとしたら、何人かがダウンロードしていたかもしれない。平和が勝つ。
もちろん、エンタテインメント業界はコーシャックの頃よりもずっと複雑になっているし、彼(そしてワッサーマン)がやっていたような、意見の不一致をまとめる独断的な方法は受け入れられないだろう。同時に、「取引」という哲学は特別のメリットを持っていた。町の職人たちはどんな標準で見ても、かなりいい報酬をもらっている。福利厚生もしっかりしている。
脚本家たちが将来のことを心配し、スタジオがとっている「新しいメディア」に対する態度に我慢がならなくなっているのは当然のことだ。コーシャックの答えは恐らく、「もし脚本家たちがスタジオから何か妥協案を引き出せなければ、監督たちにファイナルカット(注:編集作業の最終決定権の意味にかけている)を持たせればいい」というものだろう。
そして、やはりそこを通過することになりそうだ。監督組合は、何が必要か、実際的に何を引き出すことが出来るか、という独自の考えを持っている。
しかしながら、先週末までに、脚本家と会社側は生産的な話し合いをしているようだ。あとには監督組合が控えている。
もしかするとコーシャックの干渉は結局のところ必要なかったかもしれない。少なくとも俳優組合の交渉の番がくるまでは、ということだが。
コーシャックは俳優たちの扱いを得意としていた。アル・パチーノをMGMとのペイ・オア・プレイの契約からひっぺがし、そのために彼がパラマウントの『ゴッドファーザー』に出演できたことは有名な話だ。「家族」間の問題であれば、たった一本の電話でそんなことまで出来るとは驚きだ。






















