スティーヴン・ソダーバーグが7年の歳月をかけて準備し、完成させた4時間28分の大作『CHE(原題)』の中身は、二つの部分に分かれている。
この2つは、作風もスクリーンサイズも違い、まったく別の作品といっていい。第一部(仮題「アルゼンチン人」)は、フィデル・カストロと出会い、彼の説得で革命軍に加わって1956年にキューバに上陸し、山中に潜伏してゲリラ戦を展開、ついにサンタクララを制圧してハバナへの道を開く1958年末までの戦いに、国連総会で演説するためにキューバの代表としてニューヨークを訪れた1964年の模様をフラッシュバックで織り込んでいく。キューバの部分はカラー、ニューヨークの部分はモノクローム、スクリーンサイズは横長のシネスコサイズを使っている。一方、第二部(仮題「ゲリラ」)は、ゲバラのニューヨーク訪問から2年後。コンゴでゲリラ闘争の指導に失敗した後、変装してボリビアに潜入し、革命軍を組織するものの、ボリビア共産党の協力をとりつけることができず、アメリカCIAからの援助を受けた圧倒的に有利な政府軍の猛攻を受けて、ついには捕らえられ処刑されるまでの1年足らずの戦いを、まったくフラッシュバックを使わず、出来事が起こった通りの時間軸に沿ってドキュメンタリータッチで描いたもの。スクリーンサイズもビスタサイズと少し狭くなる。
この2つは、作風もスクリーンサイズも違い、まったく別の作品といっていい。第一部(仮題「アルゼンチン人」)は、フィデル・カストロと出会い、彼の説得で革命軍に加わって1956年にキューバに上陸し、山中に潜伏してゲリラ戦を展開、ついにサンタクララを制圧してハバナへの道を開く1958年末までの戦いに、国連総会で演説するためにキューバの代表としてニューヨークを訪れた1964年の模様をフラッシュバックで織り込んでいく。キューバの部分はカラー、ニューヨークの部分はモノクローム、スクリーンサイズは横長のシネスコサイズを使っている。一方、第二部(仮題「ゲリラ」)は、ゲバラのニューヨーク訪問から2年後。コンゴでゲリラ闘争の指導に失敗した後、変装してボリビアに潜入し、革命軍を組織するものの、ボリビア共産党の協力をとりつけることができず、アメリカCIAからの援助を受けた圧倒的に有利な政府軍の猛攻を受けて、ついには捕らえられ処刑されるまでの1年足らずの戦いを、まったくフラッシュバックを使わず、出来事が起こった通りの時間軸に沿ってドキュメンタリータッチで描いたもの。スクリーンサイズもビスタサイズと少し狭くなる。
作品の完成度は圧倒的に第二部がいい。第一部はゲバラが残した言葉をふんだんに引用し、彼の人間と思想に迫ろうとする。第二部は2時間に渡って、兵を組織し、訓練し、戦い、敗走する姿をただ追うだけだ。そのとき何を思い、何を考えたかについては何も語られない。アップを多用した第一部と違って、カメラは適度な距離を保っている。理想主義を貫くあまりに親ソ派のボリビア共産党との共闘に失敗し、ボリビアの農民からの支援も得られず、兵站も絶たれていく。おそらくはこのどこかの時点でゲバラは自分の未来を悟っていただろう。彼の内面を表現したら、映画はもっとドラマチックになったかもしれないが、感傷に流れることは避けられなかったはずだ。
いつか訪れる最後の瞬間に向かって疾走する男の滅びの姿を、(映画の商業的な成功を含む)一切の装飾なしに描ききったところにソダーバーグの成熟と自信を感じる。(5月24日 齋藤敦子)
齋藤敦子 映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部から90年にフリーとなり、ギャスパー・ノエ、ピーター・グリーナウェイの諸作品の字幕翻訳などを手がける。また「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「世界の映画ロケ地大事典」(晶文社)などの翻訳書も。カンヌ映画祭には83年から参加し始め、今年で23回目となる。
いつか訪れる最後の瞬間に向かって疾走する男の滅びの姿を、(映画の商業的な成功を含む)一切の装飾なしに描ききったところにソダーバーグの成熟と自信を感じる。(5月24日 齋藤敦子)
齋藤敦子 映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部から90年にフリーとなり、ギャスパー・ノエ、ピーター・グリーナウェイの諸作品の字幕翻訳などを手がける。また「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「世界の映画ロケ地大事典」(晶文社)などの翻訳書も。カンヌ映画祭には83年から参加し始め、今年で23回目となる。























