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『齋藤敦子が見たカンヌ注目作』
Vol.7逃げ場なしカウフマンの『シネクドキ、ニューヨーク』

2008/05/25
 スパイク・ジョーンズの『マルコヴィッチの穴』や『アダプテーション』、ミシェル・ゴンドリーの『エターナル・サンシャイン』などに脚本を提供し、奇想天外な発想で独特な世界を築いてきたチャーリー・カウフマンの監督デビュー作は、『エターナル・サンシャイン』に続く人生のリセットがテーマ。主人公はニューヨーク州スケネクタディに住む劇作家ケイデン・コタード(フィリップ・シーモア・ホフマン)。妻(キャサリン・キーナー)と娘に去られ、新しい恋人ヘイゼル(サマンサ・モートン)とも別れ、謎の神経病に罹って、人生に行き詰まった彼は、巨大な倉庫の中に実物大のスケネクタディの町を作りあげ、俳優のサミー(トム・ヌーナン)とタミー(エミリー・ワトソン)に自分とヘイゼルの役を演じさせ、自分の人生を限りなく真実に近いフィクションとして舞台化しようとする。完璧主義のケイデンは、実人生の変化に従って何度もフィクションに修正を加えるうちに、フィクションが実人生を侵食しはじめ、次第に虚実の境目があいまいになっていく……、というストーリーだ。

 ケイデンは原作本の映画化と人生の適応に四苦八苦していた『アダプテーション』の脚本家チャーリー・カウフマンよりも、さらに暗く、陰鬱な自己の分身である(カウフマン自身は、記者会見で作品の登場人物はあくまでフィクションだと言っているが)。この映画の暗さはもちろん、老い、孤独、疎外感といった映画の基調によるものだが、それと同時に、カウフマン自身が自作を映画化したことによる対象との距離の近さから来るのではないかと私は思う。『アダプテーション』の脚本と映画の間にはスパイク・ジョーンズという第三者がいて緩衝材の役割を果たしていた。脚本家チャーリーはニコラス・ケイジの肉体とスパイク・ジョーンズの演出によって、実際にはいそうでいない人物のカリカチュアになっていた。完璧主義者の脚本家カウフマンは、こういったすれすれの戯画化がときに不満で、いつか緩衝材を取り去りたいと思っていたに違いない。しかし、カウフマンの手によって映画にアダプトされた『シネクドキ、ニューヨーク』は、緩衝材のない危うさと息苦しさに満ちていた。今までの作品の中でもっとも純度の高いカウフマン作品であることは間違いないのだが、映画を見ていて、ときどき、窓を開けて外の空気を取り入れて欲しい思いにかられるのだ。(5月25日 斎藤敦子)


齋藤敦子 映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部から90年にフリーとなり、ギャスパー・ノエ、ピーター・グリーナウェイの諸作品の字幕翻訳などを手がける。また「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「世界の映画ロケ地大事典」(晶文社)などの翻訳書も。カンヌ映画祭には83年から参加し始め、今年で23回目となる。

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