パリに23校あるZEP(教育優先校)の中学校。学年の始まりで、新任教師を交えて教師たちの自己紹介が行われている。クラスの生徒一人一人の名をあげて、“大人しい”か“大人しくない”かが新任教師に伝達される。以後、カメラは教室からほとんど外に出ないで進行する。
クラスの生徒はアラブ系、アフリカ系、アジア系が混じった24人。学力は低く、フランス語がほとんど話せない生徒もいて、教室はいつもざわついている。フランス語教師フランソワ(フランソワ・べゴドー)は、生徒たちの勝手な行動を抑えながら、何とか授業を進めていく。不法入国が発覚して親が逮捕されたり、教室という閉ざされた世界にも外の社会が影を落とす。クライマックスはフランソワの不用意な発言が元でいさかいが起こり、女子生徒を怪我させた男子生徒が懲罰委員会にかけられる事件である。その生徒はアフリカ移民の子で、退学になれば父親は彼をアフリカの村に帰してしまうだろうという。フランソワは決断を迫られるが……。
クラスの生徒はアラブ系、アフリカ系、アジア系が混じった24人。学力は低く、フランス語がほとんど話せない生徒もいて、教室はいつもざわついている。フランス語教師フランソワ(フランソワ・べゴドー)は、生徒たちの勝手な行動を抑えながら、何とか授業を進めていく。不法入国が発覚して親が逮捕されたり、教室という閉ざされた世界にも外の社会が影を落とす。クライマックスはフランソワの不用意な発言が元でいさかいが起こり、女子生徒を怪我させた男子生徒が懲罰委員会にかけられる事件である。その生徒はアフリカ移民の子で、退学になれば父親は彼をアフリカの村に帰してしまうだろうという。フランソワは決断を迫られるが……。
フランス語の原題“壁の中”とは、四方を壁で囲まれた教室のことを指し、フランソワ・ベゴドーが教師の経験を元にして書いた小説の題名でもある。ローラン・カンテは、べゴドーの原作を下敷きにして、モデルとしたフランソワ=ドルト中学校に通う生徒をオーディションで24人選び、リハーサルをしながらシナリオを作って、常に複数のカメラを回しながら生徒たちのヴィヴィッドな反応を映像に収めた。出来上がった映画はまるでドキュメンタリーのようなフィクションとなった。
おりしも、教育問題はこの数年のフランスで最も大きな社会問題のひとつと言っていい。政府の大幅な教育予算の削減政策には、大学生だけでなく高校生や中学生までもがデモを起こしたくらいだし、教育現場の荒廃もたびたび事件になっている。教師を両親に持つカンテが、教育現場を映画にしようとした意図は正しく、その方法は誠実で真摯である。
それでもなお、映画を見る楽しみ、スリルを感じたかといえば、私はノーだった。パルム・ドール受賞という時機を得て、“THE CLASS(『クラス』)”は秋の公開時には、映画の枠を超えたフランスの“事件”となるだろう。そんな社会的な映画があってもいいし、それがいい映画なら、なおさらいい。ローラン・カンテの“THE CLASS(『クラス』)”は、現るべくして現れたそんな“いい”映画の1本である。
齋藤敦子 映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部から90年にフリーとなり、ギャスパー・ノエ、ピーター・グリーナウェイの諸作品の字幕翻訳などを手がける。また「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「世界の映画ロケ地大事典」(晶文社)などの翻訳書も。カンヌ映画祭には83年から参加し始め、今年で23回目となる。
おりしも、教育問題はこの数年のフランスで最も大きな社会問題のひとつと言っていい。政府の大幅な教育予算の削減政策には、大学生だけでなく高校生や中学生までもがデモを起こしたくらいだし、教育現場の荒廃もたびたび事件になっている。教師を両親に持つカンテが、教育現場を映画にしようとした意図は正しく、その方法は誠実で真摯である。
それでもなお、映画を見る楽しみ、スリルを感じたかといえば、私はノーだった。パルム・ドール受賞という時機を得て、“THE CLASS(『クラス』)”は秋の公開時には、映画の枠を超えたフランスの“事件”となるだろう。そんな社会的な映画があってもいいし、それがいい映画なら、なおさらいい。ローラン・カンテの“THE CLASS(『クラス』)”は、現るべくして現れたそんな“いい”映画の1本である。
齋藤敦子 映画評論家。パリで映画編集を学ぶ。フランス映画社宣伝部から90年にフリーとなり、ギャスパー・ノエ、ピーター・グリーナウェイの諸作品の字幕翻訳などを手がける。また「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)「世界の映画ロケ地大事典」(晶文社)などの翻訳書も。カンヌ映画祭には83年から参加し始め、今年で23回目となる。























