街もオフィスも携帯も、あらゆる場所に3-Dが溢れる未来に向けて、キャメロン監督が想いを語る最終章。
フレームレートの引き上げや、劇場と家庭用モニターでの鑑賞体験の違いなど、3-Dをめぐる懸念事項について、自身の考えを披露してくれた。
フレームレートの引き上げや、劇場と家庭用モニターでの鑑賞体験の違いなど、3-Dをめぐる懸念事項について、自身の考えを披露してくれた。
3-D映画においては、1秒あたりのフレームレートを現在の24から30に引き上げようという声が高まっています。3-D映画では、パンなどのカメラ動作をするときに、画像がカクカクして見えてしまうことが原因ですが、監督のご意見は?
2-D映画には75年もの歴史があり、ぼくらは毎秒24コマの映像が生み出すストロボ効果に慣らされてきた。3-D映画を毎秒24コマで見ると、その効果が強調される。それはストロボ効果が悪化しているわけではなく、他のすべての要素が向上するからなんだ。3-D映像を見ると、それがあまりにもリアルなので、まるで登場人物と同じ部屋にいるような錯覚をおこす。しかし、カメラがパンをすると、突然、人工的なカクカクした動作が加わってしまう。3-D映画を見たとき、この現象に驚くかもしれないけれど、実は2-Dのときから、この問題はあったんだ。この現象は、「激しい揺れ」とか「ストロボ(閃光)」と呼ばれるが、ぼくに言わせてもらえば、単なる「不愉快」だ。なにしろ、簡単に修正できる問題なんだから。
現在のデジタル映写機は1秒144コマまで映写できる。そして、いまもまだ改善され続けている。だから、現在でも2-D映画を毎秒48コマで撮影し、それをそのままのフレームレートで上映することが可能なんだ。1秒あたりのフレームレートを倍に引き上げるだけで、2-D映画でも、恐ろしいほど鮮明で美しくなる。すでに設置されているか、これから設置される映写機を使うだけだから、出費も少なくてすむ。ぼく自身、3-D映画で毎秒48コマを試してみたが、それは息を呑むほどの美しさだった。デジタルカメラには毎秒48コマで撮影する能力がすでに備わっているし、デジタル映写機についても、ほんのすこしの調整で対応できる。
現在のデジタル映写機は1秒144コマまで映写できる。そして、いまもまだ改善され続けている。だから、現在でも2-D映画を毎秒48コマで撮影し、それをそのままのフレームレートで上映することが可能なんだ。1秒あたりのフレームレートを倍に引き上げるだけで、2-D映画でも、恐ろしいほど鮮明で美しくなる。すでに設置されているか、これから設置される映写機を使うだけだから、出費も少なくてすむ。ぼく自身、3-D映画で毎秒48コマを試してみたが、それは息を呑むほどの美しさだった。デジタルカメラには毎秒48コマで撮影する能力がすでに備わっているし、デジタル映写機についても、ほんのすこしの調整で対応できる。
では、なぜ映画業界は毎秒48コマを採用しないのでしょう?
それは、業界全体が誤った方向を進んでいたからだ。彼らは解像度ばかりに気を取られ、ピクセルや走査線を増やし続けた。その一方で、フレームレートのことをすっかり忘れていたんだ。デジタルシネマ2K(有効画素数2048x858)を毎秒48コマで撮影した映像は、デジタルシネマ4K(有効画素数4096x1714)の毎秒24コマに匹敵するというのにね。しかも、毎秒24コマには根本的な問題があるから、4Kで撮影したところでストロボ効果が出てしまう。でも、2K&毎秒48コマで撮影した場合は、起きない。
もし、すべてのデジタル・シアターが、IMAXやShowscanに匹敵する映像クオリティを提供するつもりならば、もっと高いフレームレートでの上映を検討すべきだと思う。現在のテクノロジーで実現可能だし、高いフレームレートでの高画質映像は、3-D映画と同様のメリットをもたらすだろう。そもそも、映画館が3-D映画に期待しているのは、家庭では再現不可能な映画経験を提供することによって、観客を映画館に呼び戻すことだろう? しかも、3-D映画なら、違法コピーの心配をしなくていい。で、このメリット2点は、そのまま高いフレームレートの導入にも、そっくり当てはまるじゃないか。
映画を上映する上で、もっとも理想的な図式は、3-Dのデジタルシネマ2Kを毎秒48コマで上映することだ。正直なところ、“Avatar”も毎秒48コマで撮影してみたかった。でも、技術革新を推し進めていくうえで、一度に、いくつもは変えられない。とりあえず今は、みんなに3-D映画の魅力に気づいてもらえる機会を作りだすことができるだけで満足している。
毎秒48コマの夢は“Avatar2”まで取っておくとするよ。
もし、すべてのデジタル・シアターが、IMAXやShowscanに匹敵する映像クオリティを提供するつもりならば、もっと高いフレームレートでの上映を検討すべきだと思う。現在のテクノロジーで実現可能だし、高いフレームレートでの高画質映像は、3-D映画と同様のメリットをもたらすだろう。そもそも、映画館が3-D映画に期待しているのは、家庭では再現不可能な映画経験を提供することによって、観客を映画館に呼び戻すことだろう? しかも、3-D映画なら、違法コピーの心配をしなくていい。で、このメリット2点は、そのまま高いフレームレートの導入にも、そっくり当てはまるじゃないか。
映画を上映する上で、もっとも理想的な図式は、3-Dのデジタルシネマ2Kを毎秒48コマで上映することだ。正直なところ、“Avatar”も毎秒48コマで撮影してみたかった。でも、技術革新を推し進めていくうえで、一度に、いくつもは変えられない。とりあえず今は、みんなに3-D映画の魅力に気づいてもらえる機会を作りだすことができるだけで満足している。
毎秒48コマの夢は“Avatar2”まで取っておくとするよ。
映画スクリーンでの鑑賞に最適化された3-D映像は、家庭用の小さなモニターでは正しく見えないという声もありますが。
その点には、まったく賛成できないね。そういう現象が起きるのは、家庭で映画を鑑賞するとき、モニターから離れすぎた場所に座ってしまっているからだ。映画スクリーンの横幅に対するスクリーンから座席までの距離と、同じ比率で家庭でも映画を鑑賞すべきだ。ぼくは家庭鑑賞用に、ステレオ撮影の効果を調整するつもりはない。実際、実写映画において調整は不可能だ。2つのレンズの位置をコントロールする“interocular”は、撮影をするときに固定されてしまう。ポストプロダクションで修正可能だという人もいるが、それは間違いだ。
むしろ家庭で3-D鑑賞をする際の唯一の障害は、タイトル数が少なすぎることだ。すでに3-Dコンテンツを映写できるテレビモニターは存在するし、しっかりできている。ただし、3-D映画を鑑賞するうえで忘れていけないのは、2-D映画を見るときよりも、その世界に没頭できる環境を整えなければいけないということだ。家庭で映画館と同様の3-D体験をしたければ、50インチのテレビモニターに対し、4フィート以内の距離に座らなければいけない。こんなことをするのは、ぼくみたいなオタクだけだろうけどね。
むしろ家庭で3-D鑑賞をする際の唯一の障害は、タイトル数が少なすぎることだ。すでに3-Dコンテンツを映写できるテレビモニターは存在するし、しっかりできている。ただし、3-D映画を鑑賞するうえで忘れていけないのは、2-D映画を見るときよりも、その世界に没頭できる環境を整えなければいけないということだ。家庭で映画館と同様の3-D体験をしたければ、50インチのテレビモニターに対し、4フィート以内の距離に座らなければいけない。こんなことをするのは、ぼくみたいなオタクだけだろうけどね。
「3-Dは、窮地に追い込まれている劇場興行ビジネスの救世主になる」
映像の解像度が同じであっても、正しい場所で鑑賞しなければ、映画館と同じ体験はできないんだ。だから、通常の2-D映画を家庭で鑑賞するよりも、3-D映画を家庭で鑑賞するほうがずっと難しいということになる。これは、別に悪いことじゃない。なぜなら、3-D映画を鑑賞するために、観客は映画館に足を運ばなくてはならなくなるから、現在、窮地に追い込まれている劇場興行ビジネスが今後も健康的に継続していくことができる。
いまから10年か15年したら、3-D映像はどこでも見かけるようになると思う。映画館から屋外広告、テレビ、携帯端末に至るまで、あらゆるものが3-D映像に対応するようになる。スポーツや娯楽コンテンツだけじゃなくて、やがてはニュースや情報までもが立体映像で放送されることになると思う。
“Avatar”で描かれる未来の世界では、携帯端末から写真に至るまで、すべてのディスプレー装置が3-Dになっている。
われわれ人類が物事を立体的に認識できるようになったのには、理由がある。狩りのときに有効だし、捕食動物を発見し、逃走するときにも大いに役に立つ。ヒトは進化の過程で、この能力を身につけたんだ。ダーウィンも言っていただろう? ならば、せっかく持っている能力を生かさない手はない。職場やスポーツやエンタテイメントにおいて、われわれの能力を最大限に生かした映像体験があってもいいんじゃないだろうか?
ぼくは、そんなふうに考えている。
いまから10年か15年したら、3-D映像はどこでも見かけるようになると思う。映画館から屋外広告、テレビ、携帯端末に至るまで、あらゆるものが3-D映像に対応するようになる。スポーツや娯楽コンテンツだけじゃなくて、やがてはニュースや情報までもが立体映像で放送されることになると思う。
“Avatar”で描かれる未来の世界では、携帯端末から写真に至るまで、すべてのディスプレー装置が3-Dになっている。
われわれ人類が物事を立体的に認識できるようになったのには、理由がある。狩りのときに有効だし、捕食動物を発見し、逃走するときにも大いに役に立つ。ヒトは進化の過程で、この能力を身につけたんだ。ダーウィンも言っていただろう? ならば、せっかく持っている能力を生かさない手はない。職場やスポーツやエンタテイメントにおいて、われわれの能力を最大限に生かした映像体験があってもいいんじゃないだろうか?
ぼくは、そんなふうに考えている。



















































