
写真は左から ジェレミー・レニエ アルタ・ドブロシ ファブリツィオ・ロンギオーネ
『ロゼッタ』、『ある子供』で二度のパルムドールに輝いたダルデンヌ兄弟の作品。国籍取得のため偽装結婚をした女性ロルナが、金儲けのために次の偽装結婚を迫られ、殺人計画の片棒を担がされてしまうストーリー。役作りで15kgの減量を行ったジェレミー・レニエ、今回が初のダルデンヌ兄弟作品参加となる主演女優アルタ・ドブロシ、ユーモアたっぷり、知性的な一面も見せるファブリツィオ・ロンギオーヌ。映画撮影中、スタッフは家族のような関係になるというが、ダルデンヌ・ファミリーの3人も仲良しで冗談の息もぴったり。和やかなインタビューをお届けしよう。
1日1食、2カ月で15キロ減量
みなさんの役作りについてお話いただけますか?
ジェレミー・レニエ(以下ジェレミー) 僕が演じた役は麻薬中毒患者で、減量が必要だった。とりあえず体重を5キロ減らしてみたんだけど、それでは見た目がほとんど変わらなくて、さらに続けたんだ。もう減らす脂肪がなかったから身体を飢餓状態にしないと痩せられなくて、とにかく1日1食だけ、魚100グラムと野菜、あとは水とプロテインのみ。夜もなるべく寝ないようにして。2カ月で15キロも落としたよ。食事制限から開放されたときは、夢にまで見たチーズバーガーを真っ先に食べたよ!!
アルタ・ドブロシ(以下アルタ) 私はロルナを演じながら、「ロルナは妊娠を信じている」と考えるようにしたの。それが彼女にとって希望であったと思うから。厳しい現実からの逃避でもあったかもしれない。
映画の結末が、ロルナにとって幸せな結末か、悲しいものか、また彼女の人生はなんだったのか、それは観客のみなさんの感じ方しだいだと思うわ。
ジェレミー・レニエ(以下ジェレミー) 僕が演じた役は麻薬中毒患者で、減量が必要だった。とりあえず体重を5キロ減らしてみたんだけど、それでは見た目がほとんど変わらなくて、さらに続けたんだ。もう減らす脂肪がなかったから身体を飢餓状態にしないと痩せられなくて、とにかく1日1食だけ、魚100グラムと野菜、あとは水とプロテインのみ。夜もなるべく寝ないようにして。2カ月で15キロも落としたよ。食事制限から開放されたときは、夢にまで見たチーズバーガーを真っ先に食べたよ!!
アルタ・ドブロシ(以下アルタ) 私はロルナを演じながら、「ロルナは妊娠を信じている」と考えるようにしたの。それが彼女にとって希望であったと思うから。厳しい現実からの逃避でもあったかもしれない。
映画の結末が、ロルナにとって幸せな結末か、悲しいものか、また彼女の人生はなんだったのか、それは観客のみなさんの感じ方しだいだと思うわ。
「僕は北野武監督の大ファン」
ダルデンヌ兄弟の作品に参加することについて、またどのような現場だったか教えていただけますか?
ファブリツィオ・ロンギオーヌ(以下ファブリツィオ) 彼らは役者を強く信頼してくれている監督だ。役者の側から提案することを期待していて、僕らもそれに応えようという気持ちになる。
それになんといっても、脚本を読んでいる段階から、自分はすごい作品に参加できるんだと確信させられる。こういうことはなかなか無いし、彼らの脚本の才能は本当に素晴らしいと思うよ。ね、いいこと言うでしょう、実はこの3人のなかで僕が一番インテリなんだ(一同笑い)。
ジェレミー ダルデンヌ兄弟はストーリーの順番どおりに撮影するんだ。とても珍しい方法だけど。だから撮影をやり直す場合に備えて、ロケーションや美術など、期間中ずっと押さえている。僕の体重もストーリーに即していなければならないから、映画の中盤、僕の役が少し健康をとり戻すシーンの撮影に入るまで減量を続けたよ。
アルタ ダルデンヌ兄弟の現場はとにかくリハーサルを繰り返し行うのよ。監督は2人とも役者たちの意見にもオープンで、そこでお互いに信頼関係が生まれる。それに彼らは変更を恐れない柔軟な人たち。決して「ここはこうなんだ」と決め付けて言ったりすることはなかった。
私はダルデンヌ兄弟とは初めてだったけど、よく3人で演技のことや映画について話し合って、すぐに彼らのファミリーのなかに受け入れてもらえたような気持ちになれた。2人とは、とにかく素晴らしい関係を持つことができたと思っているわ。
ファブリツィオ 実際に演技をしてみて、脚本の段階で思い描いていたことと少し違うなというときは、その場で変更することがある。これは『ロゼッタ』、『ある子供』のときにも気がついたことなんだけど、ダルデンヌ兄弟は動きの変更よりも、台詞を変えるか、台詞ごとカットすることが多いと思う。彼らの演出は、視線やしぐさなど、細かい動作にいたるまでとても明確で、即興の演技というのがほとんどない。
ダルデンヌ兄弟のようなすばらしい監督によって、すばらしいストーリーが語られる。そこに新しい役者がポンと入ってきても、その世界に入りこむのは難しいことではない。だから僕は最初にアルタにアドバイスしたんだ。“Laisse tomber(なすがままに)”ってね(笑)! 僕は北野武監督の大ファンで、作品はほとんど見ている。彼もよく同じ役者と仕事をしているよね。彼らもきっと家族のような関係なんじゃないかな。
ファブリツィオ・ロンギオーヌ(以下ファブリツィオ) 彼らは役者を強く信頼してくれている監督だ。役者の側から提案することを期待していて、僕らもそれに応えようという気持ちになる。
それになんといっても、脚本を読んでいる段階から、自分はすごい作品に参加できるんだと確信させられる。こういうことはなかなか無いし、彼らの脚本の才能は本当に素晴らしいと思うよ。ね、いいこと言うでしょう、実はこの3人のなかで僕が一番インテリなんだ(一同笑い)。
ジェレミー ダルデンヌ兄弟はストーリーの順番どおりに撮影するんだ。とても珍しい方法だけど。だから撮影をやり直す場合に備えて、ロケーションや美術など、期間中ずっと押さえている。僕の体重もストーリーに即していなければならないから、映画の中盤、僕の役が少し健康をとり戻すシーンの撮影に入るまで減量を続けたよ。
アルタ ダルデンヌ兄弟の現場はとにかくリハーサルを繰り返し行うのよ。監督は2人とも役者たちの意見にもオープンで、そこでお互いに信頼関係が生まれる。それに彼らは変更を恐れない柔軟な人たち。決して「ここはこうなんだ」と決め付けて言ったりすることはなかった。
私はダルデンヌ兄弟とは初めてだったけど、よく3人で演技のことや映画について話し合って、すぐに彼らのファミリーのなかに受け入れてもらえたような気持ちになれた。2人とは、とにかく素晴らしい関係を持つことができたと思っているわ。
ファブリツィオ 実際に演技をしてみて、脚本の段階で思い描いていたことと少し違うなというときは、その場で変更することがある。これは『ロゼッタ』、『ある子供』のときにも気がついたことなんだけど、ダルデンヌ兄弟は動きの変更よりも、台詞を変えるか、台詞ごとカットすることが多いと思う。彼らの演出は、視線やしぐさなど、細かい動作にいたるまでとても明確で、即興の演技というのがほとんどない。
ダルデンヌ兄弟のようなすばらしい監督によって、すばらしいストーリーが語られる。そこに新しい役者がポンと入ってきても、その世界に入りこむのは難しいことではない。だから僕は最初にアルタにアドバイスしたんだ。“Laisse tomber(なすがままに)”ってね(笑)! 僕は北野武監督の大ファンで、作品はほとんど見ている。彼もよく同じ役者と仕事をしているよね。彼らもきっと家族のような関係なんじゃないかな。
今までと少し違うダルデンヌ兄弟の饒舌
最後の質問です。これは監督にするべき質問かもしれませんが、これまでダルデンヌ兄弟の作品は『ロゼッタ』、『ある子供』などシンプルな単語だけのタイトルが多かったと思いますが、今回は(「ロルナ」だけでなく)『ロルナの沈黙(原題)』ですね。この「沈黙」とはなにを表すのでしょうか?
アルタ 語ることができないことをフィルムが語っているの。このタイトルはロルナが抱える秘密を口に出して言えないという事柄を説明していると思うわ。
ファブリツィオ 今回の作品は今までと少し違う。いつもとは別の街で撮影したり、35ミリの美しい映像で見せたり、音楽を使ったりしている。いつもより説明的なタイトルは、そういう監督たちの観客に対する、よりオープンな姿勢の表れじゃないかな。
アルタ 語ることができないことをフィルムが語っているの。このタイトルはロルナが抱える秘密を口に出して言えないという事柄を説明していると思うわ。
ファブリツィオ 今回の作品は今までと少し違う。いつもとは別の街で撮影したり、35ミリの美しい映像で見せたり、音楽を使ったりしている。いつもより説明的なタイトルは、そういう監督たちの観客に対する、よりオープンな姿勢の表れじゃないかな。
ジェレミー・レニエ Jérémie RENIER
1981年生まれ、ブリュッセル出身。早くから演劇とパントマイムを学び始め、14歳のときにダルデンヌ兄弟の『イゴールの約束』で主役イゴールの役を射止めた。以来多くの監督からひっぱりだこで『ジェヴォーダンの獣』、ダルデンヌ兄弟の『ある子供』に出演するほか、フランソワ・オゾン、オリヴィエ・アサイヤスらの作品に出演する若手俳優のトップ。
1981年生まれ、ブリュッセル出身。早くから演劇とパントマイムを学び始め、14歳のときにダルデンヌ兄弟の『イゴールの約束』で主役イゴールの役を射止めた。以来多くの監督からひっぱりだこで『ジェヴォーダンの獣』、ダルデンヌ兄弟の『ある子供』に出演するほか、フランソワ・オゾン、オリヴィエ・アサイヤスらの作品に出演する若手俳優のトップ。
アルタ・ドブロシ Arta DOBROSHI
1979年、コソボ生まれ。プリシュティナのアカデミーで演劇を学ぶ。舞台や短編映画の経験をつみ、アルバニア、チェコ、パキスタンの映画に出演するなどインターナショナルな活躍をみせる。
1979年、コソボ生まれ。プリシュティナのアカデミーで演劇を学ぶ。舞台や短編映画の経験をつみ、アルバニア、チェコ、パキスタンの映画に出演するなどインターナショナルな活躍をみせる。










































