
ノスタルジックな甘さのない、1978年の灰色の空気
『1978年、冬。』との邦題で公開されるこの映画には、07年の東京国際映画祭に出品された際、『思い出の西幹道』というタイトルがつけられていた。思い出の——としただけあり、本作は、舞台となった中国北部の小さな町・西幹道の約30年前を追想したものである。しかしそこには“思い出”という言葉に滲むノスタルジックな甘さはない。冬枯れて凍てついた荒野、その先に林立する工場から立ち昇る煙、貨物列車にも似た通勤列車にほぼ無言で揺られる人々——。町は常に灰色の空気に包まれ、住人たちにも、純朴ながらどこかに抱えている閉塞感が見え隠れする。だが、そんな“グレーの風景”こそが「舞台として選んだ1978年という“特別な年”をよく表している」のだと、 リー・チーシアン監督は語る。
「この年は、文化大革命時代に終止符が打たれ、次の新しい時代(改革解放時代)に入る直前の、時代と時代が交差する時期だったわけです。まだ新しいものがよく見えず、皆がどう歩んでいったらいいかわからない中で、それでも時代の波は押し寄せはじめていた。そんな、旧時代の残像と現代社会につながる出発点が同居していた約1年間を描くことで、あらゆるものはいつまでも同じ状態ではいられないという無常を描きたかったのです」
「この年は、文化大革命時代に終止符が打たれ、次の新しい時代(改革解放時代)に入る直前の、時代と時代が交差する時期だったわけです。まだ新しいものがよく見えず、皆がどう歩んでいったらいいかわからない中で、それでも時代の波は押し寄せはじめていた。そんな、旧時代の残像と現代社会につながる出発点が同居していた約1年間を描くことで、あらゆるものはいつまでも同じ状態ではいられないという無常を描きたかったのです」
動物ドキュメンタリーのようなロングショットの狙いとは

© 2007 China Film Group Corporation & Wako Company Limited.
とすれば、ある意味、公開タイトルが示すように、この映画の主人公は「1978年」だともいえるのだろう。同時に、原題が『西幹道』であることからも伺える通り、舞台となった町そのものもまた、重要な主人公だ。ロケ地は山西省の長治県だが、やはり同じく地方の遼寧省の町で生まれた、リー監督の少年時代の記憶が、この西幹道という架空の町に、諸々盛り込まれているのだという。
「1962年生まれの僕が30年前に見ていた世界を、もう一度組み立て直してみたのがこの西幹道。そこにある荒れ地の風景、雪景色、線路脇の木などすべてが、あの時代の中国の地方の空気を物語るものです。ストーリー自体は完全にフィクションですが、登場人物ひとりひとりにモデルがいますし、その中のひとり、小学生のファントウには、僕の当時の記憶がかなり投影されています」
寡黙な父、口うるさい母、工場で働く兄と4人暮らしの物静かな少年ファントウ。そんな彼の視線を通して淡々と綴られる、工場をさぼっては線路の先にあるはずの世界を夢見る兄の焦燥感、労働改造のため北京よりやってきた少女の孤独。そしてその2人が不器用ながらも親密になっていく過程と、その悲しい別れ——。ただしカメラは、ファントウの回想という形を取らず、兄や少女、両親を見つめるファントウさえも「まるで動物ドキュメンタリーを撮っているような」引いた目線でとらえていく。
「この作品にとって、まず目線を現代に据えて、そこからあの時代がどんなものだったのかを把握することが最も重要なポイントでした。つまり、経済発展目覚ましい、非常にざわつき浮ついた今の中国社会に生きていることを自覚した上でこそ、そんな社会の原点でありつつまだまだ純朴だったあの時代から、見えてくるものも多いのではないかと。その際、単なる個人的な郷愁ではなく、あくまでも客観的に見つめることが必要だと思ったんですね。そんな姿勢を反映させたのが、カメラワークを含めた今回の撮影スタイルだったわけです」
殊に対象を冷静に見据えるかのようなロングショットを多用した灰色がかった青白い映像は、そうした監督の思いが凝縮されたものであるうえに、この映画の最大の魅力ともなっている。
「1962年生まれの僕が30年前に見ていた世界を、もう一度組み立て直してみたのがこの西幹道。そこにある荒れ地の風景、雪景色、線路脇の木などすべてが、あの時代の中国の地方の空気を物語るものです。ストーリー自体は完全にフィクションですが、登場人物ひとりひとりにモデルがいますし、その中のひとり、小学生のファントウには、僕の当時の記憶がかなり投影されています」
寡黙な父、口うるさい母、工場で働く兄と4人暮らしの物静かな少年ファントウ。そんな彼の視線を通して淡々と綴られる、工場をさぼっては線路の先にあるはずの世界を夢見る兄の焦燥感、労働改造のため北京よりやってきた少女の孤独。そしてその2人が不器用ながらも親密になっていく過程と、その悲しい別れ——。ただしカメラは、ファントウの回想という形を取らず、兄や少女、両親を見つめるファントウさえも「まるで動物ドキュメンタリーを撮っているような」引いた目線でとらえていく。
「この作品にとって、まず目線を現代に据えて、そこからあの時代がどんなものだったのかを把握することが最も重要なポイントでした。つまり、経済発展目覚ましい、非常にざわつき浮ついた今の中国社会に生きていることを自覚した上でこそ、そんな社会の原点でありつつまだまだ純朴だったあの時代から、見えてくるものも多いのではないかと。その際、単なる個人的な郷愁ではなく、あくまでも客観的に見つめることが必要だと思ったんですね。そんな姿勢を反映させたのが、カメラワークを含めた今回の撮影スタイルだったわけです」
殊に対象を冷静に見据えるかのようなロングショットを多用した灰色がかった青白い映像は、そうした監督の思いが凝縮されたものであるうえに、この映画の最大の魅力ともなっている。
撮影監督ワン・ユーとのコラボレーション
そんな映像美学をリー監督とともに貫徹させたのは、現在、中国で最も注目を浴びる撮影監督 ワン・ユー 。最近では『 呉清源 極みの棋譜 』で見せた静謐な映像美が圧巻だったが、『 ふたりの人魚 』、『 パープル・バタフライ』など、中国映画第6世代を代表する ロウ・イエ 監督と組んできたカメラマンとしても有名である。そのロウ・イエとリー監督も古くから付き合いがあり、北京電影学院卒業後、主に第6世代の監督作品の美術を手掛けてきた彼は、ロウ監督作品でも何度か美術を担当している。そんなリー監督は、これら第6世代監督たちを支える数々の仕事を経た後、監督デビュー作『 思い出の夏』がベルリン映画祭ほかで高く評価されたことから、自身も“第6世代の旗手”と盛んに呼ばれるようになったわけだが——。
「僕としては、そのような形で自分を枠にはめたくないと思っています。たとえば、今回このスタイルで撮ったのは、それがあの時代を表現するのにいちばん適切だと思ったからに過ぎず、次回作では本作とはガラッと違うスタイルを取るかもしれませんしね。それより何より僕が最も重視するのは、観客の心をとらえることができるかどうか。作品に何かしらの面白さ、興味深さがあって観客を呼べるようなものでなければ映画ではない、と思っていますので」
「僕としては、そのような形で自分を枠にはめたくないと思っています。たとえば、今回このスタイルで撮ったのは、それがあの時代を表現するのにいちばん適切だと思ったからに過ぎず、次回作では本作とはガラッと違うスタイルを取るかもしれませんしね。それより何より僕が最も重視するのは、観客の心をとらえることができるかどうか。作品に何かしらの面白さ、興味深さがあって観客を呼べるようなものでなければ映画ではない、と思っていますので」
作家性が際立つ第6世代の中で
第5世代を代表する巨匠 チェン・カイコー、 チャン・イーモウなどによる“中国映画のハリウッド化”が進む一方で、90年代以降、実験的な試みも含めた多様な形で頭角を現してきた60年代生まれの第6世代の監督たち。先に挙げたロウ・イエや ジャ・ジャンクーなどに代表されるように作家性が際立つ監督も多い中、「自分の作家性を押し出すことにまったく興味はない」とも語るリー監督。確かに、淡々と突き放しているようにも見える独自の視線を貫きながらも、結果的に、どんな人の心にも届くようなーそれは国境を越えてもー人間の素朴な姿や情愛の尊さが静かに沁み入る作品となった本作を見ていると、監督の目が何よりも観客に向かっていることがよくわかる。
「いい映画とは、あらゆる観客の鏡となり、自分を見つめ直す契機を与えてくれるものだと思う」
これを自身の映画づくりの目標としながら、本作で東京国際映画祭・審査員特別賞を受賞後、一気に増えたオファーを精査し、現在、次回作を検討中のリー監督である。
「いい映画とは、あらゆる観客の鏡となり、自分を見つめ直す契機を与えてくれるものだと思う」
これを自身の映画づくりの目標としながら、本作で東京国際映画祭・審査員特別賞を受賞後、一気に増えたオファーを精査し、現在、次回作を検討中のリー監督である。
リー・チーシアン
1962年遼寧生まれ。85年北京電影学院美術科入学。89年に卒業後、映画美術家として同年代の第6世代の作品を多く手がける。02年の監督デビュー作『思い出の夏』が、世界20以上の国際映画祭でノミネートおよび上映されるという快挙を遂げる。本作が長編3作目。
『1978年、冬。』
●原題:西幹道/2007年/日本・中国/カラー/ドルビーSR/101分/2008年6月14日から渋谷ユーロスペースほか順次日本公開
●配給:ワコー=グアパ・グアポ
1962年遼寧生まれ。85年北京電影学院美術科入学。89年に卒業後、映画美術家として同年代の第6世代の作品を多く手がける。02年の監督デビュー作『思い出の夏』が、世界20以上の国際映画祭でノミネートおよび上映されるという快挙を遂げる。本作が長編3作目。
『1978年、冬。』
●原題:西幹道/2007年/日本・中国/カラー/ドルビーSR/101分/2008年6月14日から渋谷ユーロスペースほか順次日本公開
●配給:ワコー=グアパ・グアポ
photographs by Nobuyuki Kobayashi, text by Izumi Tsukada


















































