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アイヴァン&ジェイソン、ライトマン親子対談
それぞれの製作秘話を披露

2008/07/07
 ロサンゼルス映画祭で、6月23日(木)、コメディ監督であるアイヴァン・ライトマン(代表作『ゴーストバスターズ』『ツインズ』など)と、彼の息子で、2007年のアカデミー賞脚本賞に輝いた『JUNO/ジュノ』を手がけた、こちらも監督のジェイソン・ライトマンが爆笑対談を行い、それぞれが過去の製作秘話などを語った。ベテラン監督である父親のアイヴァンは、これまで息子のジェイソンにも語ったことがなかった『レインマン』との因縁のいきさつを話してくれた。

父、アイヴァンの秘話
~監督するはずだった『レインマン』との因縁~

ジェイソン・ライトマン(以下、ジェイソン) これまでのキャリアで残念だったことは?

『レインマン』との因縁を語る、父アイヴァン・ライトマン
『レインマン』との因縁を語る、父アイヴァン・ライトマン
アイヴァン・ライトマン(以下、アイヴァン) 実は、『レインマン』をやるはずだった時期があるんだ。その頃、そもそもシドニー・ポラックに『レインマン』の企画の話があったんだ。——シドニーと言えば僕の旧友だったんだけど、先日、亡くなってしまって寂しいよ。——でも、彼は(『レインマン』の)2人の男がずっと車に乗っている話が理解できないということで、進めていなかった。僕はダスティン・ホフマンから、『良い脚本だから読んでくれ。シドニーはやらないはずだ』と言われて、ずいぶん経ってから読んでみたら、本当にいい話で、脚本を読んで泣いたよ。シドニーとの共通のエージェントから、彼は結局パスしたと聞いて、スタジオに話をしにいった。ダスティンはすでにトム・クルーズと交渉を進めていて、トムも僕を承認したから、さあやろう、ということになった。ところが、ミーティングから帰ってオフィスに着いた途端、どうやらシドニーがまた再考しているから、もう少し待ってくれ、という。僕はその頃、『ツインズ』の企画開発もやっていたんだ。これもまた兄弟の話だね(笑)。この企画でアーノルド・シュワルツェネッガーダニー・デヴィートとスタジオのお手玉状態だった。いい脚本だし、うまくいくだろうと思っていたから、そのまま停滞させるのは惜しかった。だから、シドニーが『レインマン』をやると決めたとき、アーノルドとデヴィートに『よし、(『ツインズ』を)やろう!』といったんだ。ところが、撮影準備中のある日、シドニーとばったり会って、『レインマン』はどうだと聞いたら、実はやらなかった、と。『本当にごめん』と謝られたよ。その後、バリー・レヴィンソンが監督して、素晴らしい映画になってアカデミー賞をとった。『レインマン』と『ツインズ』は2週間違いのほぼ同時期に公開されたんだよ。

ジェイソン そうなのか。すごい話だな。それは知らなかった。

 一方、ジェイソンもまた、有名監督の息子であるという立場を利用することなく、自分の情熱で長編作品デビュー作となる『サンキュー・スモーキング』の製作を実現させた苦労話を語る。

息子、ジェイソンの秘話
~『サンキュー・スモーキング』権利獲得までの長い道のり~

『サンキュー・スモーキング』の権利獲得にいたるまでの長い道筋を話してくれた、息子ジェイソン・ライトマン
『サンキュー・スモーキング』の権利獲得にいたるまでの長い道筋を話してくれた、息子ジェイソン・ライトマン
ジェイソン 当時短編が好評だったので、エージェントがついた。そのエージェントが僕に『どんな作品をやりたい?』って聞くから『サンキュー・スモーキング』と言ったんだ。すると彼は、『それは難しいな。だってメル・ギブソンが権利を持っているからね』と言う(笑)。当時は笑い事じゃなかったんだけどね(爆笑)。

アイヴァン 壁が立ちはだかったわけだ(笑)。

ジェイソン そう、どん詰まり(笑)。それに必死に立ち向かったんだ。

アイヴァン その話をもうちょっと聞かせてくれ。お前が立ち向かった話には全く感心させられたよ。なにしろ、『サンキュー・スモーキング』の映画化権を持っていたのはワーナー・ブラザースで、メル・ギブソンの製作会社アイコンピクチャーズが製作しようとしていた。彼らは(企画開発に)金をかけて有名な脚本家をたくさん雇ったが、どの脚本もうまくいかなかった。そこでお前は普通では考えられないことをやったね。雇われてもいないのに、脚本を書き始めたんだろ?

ジェイソン そう。ロジャー・エイヴァリー(『パルプ・フィクション』の原作者、『ベオウルフ 呪われし勇者』の脚本家)なんかも書いてたけど、僕は彼らに『みなさんは間違った方向に行ってます。これは素晴らしい本なんですよ』と叱りつけた。

アイヴァン アイコンを叱ったのか?

対談は盛り上がり、会場では笑いがやまなかった
対談は盛り上がり、会場では笑いがやまなかった
ジェイソン うん。いや、自分自身を(笑)。エージェントに電話して、『(せっかくのミーティングを)めちゃめちゃにしちゃった』と報告したんだ(笑)。でも、その週末に脚本を30ページ書いて、こういう感じだと見せたら、みんな気に入ってくれて、脚本家として雇ってくれた。完成した脚本も気に入ってもらって、メルから直接電話をもらったよ。30分ほど話したんだけど、最初の15分は脚本の話をして、残りの15分はデジタル映画の製作がいかに世の中を変えるか、という話で盛り上がった。メルは、ジョージ・ルーカスのスカイウォーカー・ランチに、『スター・ウォーズ』の新作の試写に一緒に連れてってくれたりもしたよ。それで、僕は自分でこの映画を作りたいと言ったんだ。それが2000年の話。それから大手スタジオからミニ・メジャーまであらゆるところにかけあったけど、誰も “うん”と言ってくれなかった。ミラマックスは惜しかったんだけど、ハーヴェイ(・ワインスタイン:創立者で当時の社長)がエンディングを変えろと言ったので断った。4年間は本当に大変だった。僕はこの映画しか作りたくなかったけど、誰もこの映画を作りたいという人がいなかったんだ。

アイヴァン その間、何をしてたんだっけ?

ジェイソン コマーシャルの監督をしてたんだ。

アイヴァン 知ってたけど、聞いてみた(笑)。

ジェイソン すると、ある日、ある人物から電話がかかったきた。ペイパルというオンライン決済サービスを提供する会社を作った人だ。彼とパートナーはペイパルをオークションサイトのイーベイに15億ドルで売ったばっかりで、映画を作りたいと思っていた。彼は脚本をすごく気に入って、さっと600万ドルの小切手を切ってくれたんだ。すごいよね。

アイヴァン そんなに簡単じゃなかった気がしたが……(爆笑&拍手)。ワーナーとアイコンから権利を獲得するのもそれほどシンプルではなかったしね。

ジェイソン でも脚本を気に入ってくれたんだよ(笑)。

 いまだからこそ話せる苦労話に、親子は感慨深げな表情を見せる。互いに相手の仕事に口を出すことはなくとも、それぞれの才能を尊敬し合い、支えあう様子が伝わり、ほのぼのとした対談となった。
text by Tomoko Ishibashi

アイヴァン・ライトマン (Ivan Reitman)
映画プロデューサー/監督。1946年チェコスロヴァキア生まれ。1960年代にカナダの大学で映画製作を学び、ジョン・ベルーシダン・エイクロイドケヴィン・クラインなどと交流を深める。コメディ作品のフィルムメーカーとして評判を高め、ナショナル・ランプーン・シリーズの 『アニマル・ハウス』(1979)を製作。監督としての代表作には『ゴーストバスターズ』(84)、『ツインズ』(88)、『キンダガートン・コップ』(90)、『エボリューション』(01)などがある。

ジェイソン・ライトマン (Jason Reitman)
映画監督。1977年カナダ生まれ。医学生であったが、映画製作を志し、南カリフォルニア大学の映画学科へ転校。在学中から短編映画を製作しはじめる。長編監督デビュー作品『サンキュー・スモーキング』(06)がトロント映画祭で上映され、買い付け担当者たちの間で争奪戦となり注目される。監督第2作目『JUNO/ジュノ』(08)は、2007年のアカデミー賞で、作品賞、監督賞、オリジナル脚本賞、主演女優賞の4部門にノミネートされ、見事脚本賞を受賞するなど話題を集めた。



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