
蚕の卵を求めてフランスから日本へ
フランソワ・ジラール監督、待望の最新作
1860年代──日本では江戸時代が終焉を迎えようとしていた一方で、フランスではナポレオン3世による第2帝政時代を謳歌しつつも、普仏戦争を目前にしていた時代。ひとりの男が、シベリアを越えてフランスから日本に到達した。その目的は、貴重な絹糸を生み出す蚕の卵を手に入れること。だが、彼がたどる旅程は、妻の真実の愛を知るための長い長い心の旅でもあった……。
いまからおよそ10年前、『レッド・ヴァイオリン』という映画を携えて東京国際映画祭で喝采を浴びたカナダ人がいた。サミュエル・L・ジャクソンを主役に迎え、血で購われたヴァイオリンの名器がたどる数奇な運命を描いた彼の作品は、その年の東京国際映画祭で芸術貢献賞を受けたほか、カナダ映画界最大の栄誉であるジェニー賞の主要部門を総なめにしたのだった。彼、フランソワ・ジラールの待望の最新作が、今年の東京国際映画祭のクロージングを飾る特別招待作品『シルク』として届けられた。
いまからおよそ10年前、『レッド・ヴァイオリン』という映画を携えて東京国際映画祭で喝采を浴びたカナダ人がいた。サミュエル・L・ジャクソンを主役に迎え、血で購われたヴァイオリンの名器がたどる数奇な運命を描いた彼の作品は、その年の東京国際映画祭で芸術貢献賞を受けたほか、カナダ映画界最大の栄誉であるジェニー賞の主要部門を総なめにしたのだった。彼、フランソワ・ジラールの待望の最新作が、今年の東京国際映画祭のクロージングを飾る特別招待作品『シルク』として届けられた。
旅と歴史をテーマにした
国際的なプロジェクト
アレッサンドロ・バリッコの小説「絹」(白水社刊)の映画化はすでに、この小説が出版された頃から、バリッコの故国でもあるイタリアで始まっていた。ところがイタリアでの当初企画は頓挫し、紆余曲折を経てカナダが製作に参加し、さらに作品の主要な舞台となる日本のプロデューサーも加わり、次第に国際的なプロジェクトへと発展していったことが、記者会見の席で、最後にこの作品に乗船した、しかも先祖に絹商人をもつ絹商人を祖先にもつ酒井園子プロデューサーの口から披露された。早くから原作小説を読んでいたジラールもまた、「絹」に強く惹かれ、映画化を思い描いていたという。というのも、『レッド・ヴァイオリン』にも色濃く現れていた“旅”と“歴史”という彼にとってのテーマが、バリッコの小説のなかにさりげなく表現されていたからではなかっただろうか──。
「確かに、『シルク』のなかで旅は重要なテーマだ。主人公エルヴェ(マイケル・ピット)が、住んでいるフランスを出発してシベリアを経、そして日本に達する物質的な旅が主要なモティーフとなっている。ところがエルヴェの旅は観念的な旅でもある。その旅において彼は、異国日本で、まるで幻影とも思えるような、不思議な魅力をもった、しかも儚い女性の面影に出逢い、まるで宿命の女ででもあるかのように惹きつけられてゆく。つまりここでの旅は、物質的であると同時にきわめて抽象的な旅でもあるんだ。エルヴェの旅の真の目的(地)は、表面的に見えてくる蚕の卵をヨーロッパに持ち帰ることではなく、ひとりの女性と出逢うことなんだ。ところが彼女の心像(イマージュ)はとらえ難く、すぐに逃げ去ってしまう。彼の旅は、その女性へと達しようとする旅でもあるんだ」
ジラールが語る“女性”が、この『シルク』に登場するふたりの女性──ひとりはキーラ・ナイトレイが演じるフランス人の妻、もうひとりは芦名星が演じた日本で出逢う神秘的で儚げな少女(彼女の存在は、この映画の発見のひとつだ)──のうちどちらを意味するのかは、この映画の最大のポイントでもある。それについてはぜひ、実際に見て確かめていただきたい点だ。ところで、『シルク』で重要なのは歴史というテーマでもある。
「歴史というテーマは僕の作品に欠かせないものだ。『シルク』で描かれる日本は明治維新寸前の時代で、とてもドラマティックな激動の時期でもある。大きな時代の流れが、個人にとっての時代の流れとも重なってゆくんだ。そうしたところに僕は惹かれるんだと思う。たとえば『シルク』では、主人公のエルヴェが経験する出来事と、日本の歴史とが呼応し合うように描いたつもりだ」
「確かに、『シルク』のなかで旅は重要なテーマだ。主人公エルヴェ(マイケル・ピット)が、住んでいるフランスを出発してシベリアを経、そして日本に達する物質的な旅が主要なモティーフとなっている。ところがエルヴェの旅は観念的な旅でもある。その旅において彼は、異国日本で、まるで幻影とも思えるような、不思議な魅力をもった、しかも儚い女性の面影に出逢い、まるで宿命の女ででもあるかのように惹きつけられてゆく。つまりここでの旅は、物質的であると同時にきわめて抽象的な旅でもあるんだ。エルヴェの旅の真の目的(地)は、表面的に見えてくる蚕の卵をヨーロッパに持ち帰ることではなく、ひとりの女性と出逢うことなんだ。ところが彼女の心像(イマージュ)はとらえ難く、すぐに逃げ去ってしまう。彼の旅は、その女性へと達しようとする旅でもあるんだ」
ジラールが語る“女性”が、この『シルク』に登場するふたりの女性──ひとりはキーラ・ナイトレイが演じるフランス人の妻、もうひとりは芦名星が演じた日本で出逢う神秘的で儚げな少女(彼女の存在は、この映画の発見のひとつだ)──のうちどちらを意味するのかは、この映画の最大のポイントでもある。それについてはぜひ、実際に見て確かめていただきたい点だ。ところで、『シルク』で重要なのは歴史というテーマでもある。
「歴史というテーマは僕の作品に欠かせないものだ。『シルク』で描かれる日本は明治維新寸前の時代で、とてもドラマティックな激動の時期でもある。大きな時代の流れが、個人にとっての時代の流れとも重なってゆくんだ。そうしたところに僕は惹かれるんだと思う。たとえば『シルク』では、主人公のエルヴェが経験する出来事と、日本の歴史とが呼応し合うように描いたつもりだ」
日本の白い雪とフランスの緑の庭
見事な対比をなす色彩による描き分け
ところで、江戸末期の日本はいったいどこに存在していたのだろうか。僕たちが『シルク』のなかで目撃する日本の風景は、あまりに美しく、心に沁み入る。酒井プロデューサーは、凍てつく冬の長野・松本の地に、当時を想起させる村落のセットともはやすでにない日本家屋を、近隣の大工の手を借り、超特急で再現したことを語っていた。実際その風景は日本の原風景と言えるほどに印象的で、同時にそこに降る白い雪は、まったくもって美しい。
「僕自身、雪の国であるケベックで育ったからね(笑)。撮影を行った06年の冬はなかなか寒くならず、民家のセットを造っていた12月末から1月にかけての頃ですら雪が降らなかった。撮影に入る1週間前、人工降雪機を使って雪をつくろうとしたんだ。ところが気温が高すぎてうまく雪を降らすことができず、それで特殊チームに要請して人工の雪をつくりだしてもらった。けれど、撮影の直前に本物の雪が降ってくれ、映画で見てもらったような白い風景がようやく姿を現した」
「僕自身、雪の国であるケベックで育ったからね(笑)。撮影を行った06年の冬はなかなか寒くならず、民家のセットを造っていた12月末から1月にかけての頃ですら雪が降らなかった。撮影に入る1週間前、人工降雪機を使って雪をつくろうとしたんだ。ところが気温が高すぎてうまく雪を降らすことができず、それで特殊チームに要請して人工の雪をつくりだしてもらった。けれど、撮影の直前に本物の雪が降ってくれ、映画で見てもらったような白い風景がようやく姿を現した」
そしてこの白い雪は、主人公エルヴェの故国フランスに造られてゆく庭の緑とみごとな対比をなす。
「自然によって、日本とフランスというふたつの国を語ろうとしたんだ。背景となっている季節が、日本は冬、フランスは夏ということもある。また、エルヴェの旅にアクセントをつける意味でも、色彩による描き分けが必要だと感じだ。そこで、どういった色彩をメインにすればよいのかと考え、季節の色を生かすことにしたんだ。日本の白、フランスの緑、その間に主人公が経る旅がある」
ジラール自身、『レッド・ヴァイオリン』のときも、そしてこの『シルク』でも多くの旅を経験したという。『シルク』の旅の涯てにあるもの、それがなんなのか、見る人それぞれが映画という小さな旅を経て発見するものでもあるだろう。日本の緑茶を好み、「僕にとってのドラッグみたいなものだ」と語ったジラール。彼の次なる“旅”を心待ちにしつつ、僕たちも『シルク』へと、150年前の恋物語へと旅立つことにしよう──。
text by Katsuhiko Sugihara
photographs by Kenta Yoshizawa
「自然によって、日本とフランスというふたつの国を語ろうとしたんだ。背景となっている季節が、日本は冬、フランスは夏ということもある。また、エルヴェの旅にアクセントをつける意味でも、色彩による描き分けが必要だと感じだ。そこで、どういった色彩をメインにすればよいのかと考え、季節の色を生かすことにしたんだ。日本の白、フランスの緑、その間に主人公が経る旅がある」
ジラール自身、『レッド・ヴァイオリン』のときも、そしてこの『シルク』でも多くの旅を経験したという。『シルク』の旅の涯てにあるもの、それがなんなのか、見る人それぞれが映画という小さな旅を経て発見するものでもあるだろう。日本の緑茶を好み、「僕にとってのドラッグみたいなものだ」と語ったジラール。彼の次なる“旅”を心待ちにしつつ、僕たちも『シルク』へと、150年前の恋物語へと旅立つことにしよう──。
text by Katsuhiko Sugihara
photographs by Kenta Yoshizawa

(C) 2006 Jacques Yves Gucia/ Picturehouse Productions
『シルク』
●監督:フランソワ・ジラール 製作:酒井園子、ニヴ・フィッチマン、ナディーヌ・ルケ、ドメニコ・プロカッチ 原作:アレッサンドロ・バリッコ 脚本:マイケル・ゴールディング 撮影:アラン・ドスティエ 音楽:坂本龍一
●出演:マイケル・ピット、キーラ・ナイトレイ、役所広司、芦名星、中谷美紀、アルフレッド・モリーナ、國村隼、本郷奏多
●2007年/日本・カナダ・イタリア/109分/2008年1月19日日本公開
●配給:アスミック・エース
●監督:フランソワ・ジラール 製作:酒井園子、ニヴ・フィッチマン、ナディーヌ・ルケ、ドメニコ・プロカッチ 原作:アレッサンドロ・バリッコ 脚本:マイケル・ゴールディング 撮影:アラン・ドスティエ 音楽:坂本龍一
●出演:マイケル・ピット、キーラ・ナイトレイ、役所広司、芦名星、中谷美紀、アルフレッド・モリーナ、國村隼、本郷奏多
●2007年/日本・カナダ・イタリア/109分/2008年1月19日日本公開
●配給:アスミック・エース


























