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『トゥヤーの結婚』ユー・ナン
「連日、凄まじい砂ぼこりを浴びて、すっかり内モンゴルの女性に」

2008/02/20
 チャン・ツィイー、ジョウ・シュン、ヴィッキー・チャオ、タン・ウェイ……次々と国際派女優を生み出す中国映画界。間もなく、ウォシャウスキー兄弟の待望の新作『スピード・レーサー』でアメリカデビューを果たすユー・ナンもまた、国際派の一角を担う次世代女優だ。しかし、昨年のベルリン映画祭で金熊賞を受賞した『トゥヤーの結婚』での演技が証明するように、彼女の個性は、可憐なかわいさでも、セクシーな肢体でもなく、激動の中国で生きる市井の人々の今そこにある確かな感情を体の底から搾り出す生命力だ。「何故だか、おばあちゃんがつけた」という余男という男性名を反映してか、インタビュー当日、Brazilと書かれた赤字のロゴが浮かぶ真っ青のジャージーとジーンズというボーイッシュな姿で現れた彼女。タフな役柄が似合う、骨太のアクトレスに出世作『トゥヤーの結婚』の撮影秘話を聞いた。

たまたま見たドキュメンタリーが元に

 『トゥヤーの結婚』は怪我のため、働けなくなった元夫つきの条件で、再婚相手を探す女性の物語です。このどこかユーモラスで、でも哀感の漂う設定はどこから浮かんできたのでしょうか?

 「この物語はたまたま私が見たドキュメンタリーが元になっています。四川省で暮らすある女性が、働けなくなった夫との生活に経済的に破綻してしまい、裁判所の勧めで、いったん離婚し、元夫付きで新たに再婚相手を探す姿を追ったものでした。あまりにも突飛なアドバイスのようですが、よく調べると中国の他の地域でも何件か同様のアドバイスを受けた女性がいることを知りました。とても興味深い事例でしたので、ワン・チュアンアン監督に自作の題材としてすすめたところ、彼もドキュメンタリーを見て、『面白い!』と飛びついたのです。当初はモデルがいた四川省での映画化を目指したのですが、行って見てランドスケープがあまり映画向きでないと諦めたのです。他にもいろんな地域にロケハンにいったのですが、どこもぴんと来なかった。最終的に内モンゴル自治区に行き、年々砂漠化が進む荒涼とした大地と、その土地に吹き荒れる風と寒さに負けないように目にも鮮やかなスカーフで頭と顔を覆う女性たちを見たとき、『ああ、ここだ』と改めてワン監督と確認し合ったのです」

 なるほど。ユー・ナンさんは単にこの映画の主演女優であるだけでなく、企画の発案者にして、ロケハンを含めた重要なスタッフであるんですね。

 「そうともいえますね。私は普段からドキュメンタリー映画を見るのが大好きで、実は劇映画はほとんど見ません。それは、演者よりも、実際に生活を送る市井の人々のほうが見ていて面白いから。自分も演じるのではなく、その人になりきり、映画の中で生きたいと思っています」

監督の母の投影である難役への意気込み

 ワン監督とは『月蝕』(00・日本未公開)、『驚蟄』(03・日本未公開)についで、これが三作目のコンビとなります。今回の舞台である内モンゴルはワン監督の母親が生まれ育った場所で、そういう母なる大地で母性の塊のようなトゥヤーを演じることは特別なことではなかったですか?

 「ワン監督からは特に具体的な言葉をもらったわけではないですが、撮影中ずっと、監督の母への強い想いは感じていました。撮影を行ったのは内モンゴル自治区の西北部のアラシャ盟で、監督のお母さんの故郷であり、ここは近年、草原の砂漠化が進み、長年、ここに住んできた遊牧民は中国政府から環境の劣化を理由に都市に移住するように命じられた地域なのです。劇中、トゥヤーはそういう悪条件を何とか打破しようと頑張る強い女性で、おそらく監督のお母さんのイメージが重ねられていたと思います。現にいろんな上映会で監督は必ず、観客に『この強い主人公は、私の母の投影です』と語っていますから」

 そのようなヒロインを演じるのは、とても困難だったのでは?

 「もちろん! とても難しい役でした。中国には56の民族があるのですが、それぞれが引き継いできた土地柄、暮らしぶり、服装、食、まったく違います。遊牧の暮らしを脈々と受け継いできた内モンゴルの女性になりきるなんて、とても自分にはできないと思いましたし、周囲の人にも、さすがに演じたくても引き受けられないだろう、言われました。でも、私、無理だ、難しい、と言われれば言われるほど引き受けたくなるんです(笑)」

トゥヤーという女性の感情の物語

 具体的には、どのように内モンゴルの女性になっていたのですか?

 「撮影が始まる三ヶ月前から内モンゴルに入り、現地の女性と同じように放牧の仕事を手伝ったり、馬やラクダに乗ったり、水を汲みに行ったり、料理やお茶の入れ方を学んだり、長い時間をかけて、じっくりとトゥヤーの暮らしぶりと仕草を身に着けていきました。大切なのは、現地の女性と同じように歩くことでした。映画の中にあるように、綿入れを何枚も着込んで毎日、毎日、暮らしていると、重くて窮屈でも俊敏に動けるようになってきました。メイクもしましたけど、連日、凄まじい砂ぼこりを浴びるうちに肌は黒く、厚くなっていき、そのうちすっかりモンゴルの女性になっていました。それでも自信が持てなくて、毎日、自分の行動をビデオカメラで写してもらい、毎夜、じっくりチェックしました。これでいけると自信を持って初めてクランクイン直前、ある村にトゥヤーと同じ服装で訪ねてみたら、村人となんら違和感ないぐらい馴染んでしまい、撮影中は現地の人より、むしろ、スタッフとの距離を感じるくらいになっていました」

 この映画で描かれるトゥヤーの夫の選び方に、中国の世相が感じられ、とても興味深く思いました。10数年前、豊かな遊牧の生活ができたときにトゥヤーが選んだ相手はモンゴル相撲の横綱。体力が結婚相手の第一条件と見て取れます。しかし、環境が劣化した今、あまたの再婚相手から急浮上するのは石油王で、彼は金で物事を解決しようとする。観客の楽しみのため、トゥヤーの最終的な決断は書けませんが、彼女の選んだ結婚相手は現代の中国人の価値観から考えると、非常に逸脱した選択だったと思います。これについてはどう思いますか?

 「あれこれ悩み、考えた結果、トゥヤーが取った選択をいろいろ分析することは可能でしょうけど、私としては、そこに何か言葉を挟みたいとは思わない。トゥヤーの選択を中国人の価値観に合わせて語るのではなく、私自身は、トゥヤーという一人の女性が自分の愛をどう守り、実現していくのか、その揺らぎを見て欲しいと思います。この映画はトゥヤーという女性の感情の物語なのですから」

text by Yuka Kimbara
photographs by Kenta Yoshizawa
hair & make-up by Tomoe Shida



『トゥヤーの結婚』
●監督:ワン・チュアンアン 脚本:ルー・ウェイ 撮影:ルッツ・ライテマイヤー
●出演:ユー・ナン、バータル、センゲー
●2006年/中国/35mm/カラー/ドルビーSR/アメリカン・ヴィスタ/96分/2月23日(土)よりBunkamuraル・シネマほか全国にて順次日本公開
●配給:ワコー+グアパ・グアポ

ユー・ナン(余男)
1978年、中国・遼寧省大連生まれ。幼稚園のとき、映画に初出演し、95年、北京電影学院入学。00年の『月蝕』、03年の『驚蟄』などの好演で知名度を上げ、中国金鶏奨最優秀主演女優賞やパリ国際映画祭主演女優賞などを受賞。07年の釜山映画祭では審査員として招聘された。英語とフランス語に堪能。ウォシャウスキー兄弟最新作『スピード・レーサー』への出演が決定しており、中国出身の国際女優として活躍が期待されている。



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