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『4ヶ月、3週と2日』クリスティアン・ムンジウ監督
映画は、重すぎる秘密からみんなを開放する装置だった

2008/03/12

目をそむけたくなるものに
あなたの“真実”が宿っている

大学女子寮の中で無邪気に化粧品の品定めをする主人公たち。
大学女子寮の中で無邪気に化粧品の品定めをする主人公たち。
 物語の鍵は妊娠中絶。それも、もぐりの堕胎をめぐり次々に予想もしない“事件”が起こっていく、緊張感に満ちた映画。あえて端的に映画『4ヶ月、3週と2日』を言葉にすると、そんなつたない説明になってしまう。そんなヘビーな話をわざわざ映画で観たくない、そう思う人もいるかもしれない。

 だが、目を背けたくなるものにこそ、真実が宿る。語られない物語にこそ、語るべき何かがあるのもまた真実だ。少なくともこの映画の脚本・監督を務めたクリスティアン・ムンジウは、そう考えている。小春日和の東京。少しレトロな会議室で静かに語るムンジウの茶色い瞳は、物語の重さを微塵も感じさせないほど、やさしく穏やかだった。

 「この映画の脚本は作ったお話ではなく、とてもパーソナルな実話。ある友人からずっと以前にこの話を聞いたんです。1987年チャウシェスク独裁政権下のルーマニアでは、妊娠中絶は違法でした。それが周囲にばれたり密告されたりすると、投獄された。彼女としても、この重い秘密を胸に抱えたまま、誰かに打ち明けられずにはいられなかったんだと思う。聞いてしまった僕もこの話をずっと誰にも話せなかった」

確信に満ちていた20代は
過ぎ去った

 それほど重い“秘密”を、あえて映画にしようと思ったのはなぜだったのか?
「きっかけは、その友人と15年ぶりに再会したこと。会った瞬間、胸の中で凍り付いていた感情、話のディテールがわっとあふれ出した。そして映画を創る、という作業が、癒しのプロセスとして必要だったんです」とムンジウは語る。

 もちろん、第60回カンヌ映画祭でパルムドールを受賞し映画関係者から絶賛されたのは、単にこの話が衝撃的な実話だからではない。東欧独特の、どこか色あせたようでいてスタイリッシュな映像。三脚もステディ・カムも使わず意図的に自然なスタイルに挑戦した撮影法。わたしたちが普段そうしているように、ささやくような声で話す登場人物たち。物語を最大限に生かすべくとられたこれらの工夫の上に、浮かび上がってくる登場人物たち、チャウシェスク政権の抑圧された社会のリアルな姿が、ただただ凄い。ルームメートを助けるため誰にも知らせず奔走する女子大生オティリア、思わぬ妊娠におののくも意外なしたたかさを見せるガビツァ、違法な堕胎に手を染める不気味な男ベベ、何も知らずに母の誕生日パーティへの出席をうながすボーイフレンドのアディ……。

 「登場人物たちは、物語の渦中のいるときは夢中で動いているだけで、その意味というものをあまり考えられなかったんだと僕は思うんです。なぜ、そういう行動をとったか、そのときはうまく説明できない。そして30代も後半に差し掛かった今感じるのは、『20代のときのほうが、もっと確信に満ちていた』ということ。あまり物事を知らない若いときは、断言したり決断したりが早い。20代というのは、人生の中で卓越した時期なんだと思う」

誰もが秘密にしながらも
話したかった物語だった

オティリア(アナマリア・マリンカ)はルームメートのガビツァを助けるために大きな選択を迫られる。
オティリア(アナマリア・マリンカ)はルームメートのガビツァを助けるために大きな選択を迫られる。
 「実際に起こったこと。それは堕胎した一人と、それを助けた一人は、それ以降、一言も話さなかったということなんです。話すにはあまりにも、重すぎる秘密を彼らは抱えてしまった。そういう人たちが、あの時代にはたくさんいた。共産主義が終焉を迎える頃には違法な中絶で死に至った女性は50万人もいた、といわれている。だから、この映画は、単に僕を秘密から解放してくれただけでなく、社会システムによって人生を搾取されてしまった人たちへの癒しでもあると思うのです」

 ずしんとストレートに腹に、響く映画。その最後を救うかのように、最後にかかる音楽は、1987年当時にヒットした明るいチューンのルーマニアン・ポップミュージック。当時の日本はバブルで、共産主義の閉塞感とは間逆の時代であった、ともいえる。だが、音楽だけが同時代感があるようにも思える。

 「そう? あれはちょっとノスタルジックなヒット曲で、歌詞は『アタマの中からあることが離れない、ずっとそれを考えている』という内容なんです。字幕をつけようかどうか、議論したけれど、あえてつけないことにした。僕としては、その選択は間違ってなかったと思っています」

(C)Mobra films 2007
(C)Mobra films 2007
『4ヶ月、3週と2日』
監督・脚本:クリスティアン・ムンジウ
出演:アナマリア・マリンカ、ローラ・ヴァシリウ、ヴラド・イヴァノフ
配給:コムストック・グループ

公式HP

3月1日(土) 銀座テアトルシネマ 他全国順次ロードショー


photographs by Kenta Aminaka
text by Shoko Yamamoto(Variety Japan Tokyo)



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