
涙ながらに弔辞を述べた石坂浩二
2月13日に肺炎のため92歳で死去した市川崑監督のお別れの会が29日(土)、東京・成城の東宝スタジオの第9ステージでしめやかに営まれた。『獄門島』、『ビルマの竪琴』(1985)などが撮影された思い出のスタジオ。石坂浩二、中村敦夫、吉永小百合、役所広司、中井貴一ら約850人が参列し、最後の別れを告げた。
名作『細雪』にも登場したスタジオ内の桜が、監督を送る花道のように満開に咲き誇っている。全長30メートルの祭壇は、多くの作品でタッグを組んだ美術監督の西岡善信が、「光り輝く春の丘をイメージして明るく監督にお別れをしたい」というコンセプトで制作。その中央でほほ笑む、95年に撮影されたスナップが参列者の悲しみを誘う。
「監督がいなければ、今の僕はここにいない。監督の声、姿勢、しぐさが、どれほど私のなかに焼きついているか。一生離れてはいかないでしょう」。75年にCMの撮影で知り合い、翌76年『犬神家の一族』で金田一耕助役に抜擢された石坂はこらえる涙を抑えられず、何度も声を詰まらせた。
名作『細雪』にも登場したスタジオ内の桜が、監督を送る花道のように満開に咲き誇っている。全長30メートルの祭壇は、多くの作品でタッグを組んだ美術監督の西岡善信が、「光り輝く春の丘をイメージして明るく監督にお別れをしたい」というコンセプトで制作。その中央でほほ笑む、95年に撮影されたスナップが参列者の悲しみを誘う。
「監督がいなければ、今の僕はここにいない。監督の声、姿勢、しぐさが、どれほど私のなかに焼きついているか。一生離れてはいかないでしょう」。75年にCMの撮影で知り合い、翌76年『犬神家の一族』で金田一耕助役に抜擢された石坂はこらえる涙を抑えられず、何度も声を詰まらせた。
昨年11月、市川組で誕生日会をやる相談をするために会ったのが最後の対面。市川監督の体調に配慮し、忘年会、新年会と日程をずらしていくうちに悲報に接した。その後は、くしくも東宝スタジオで『私は貝になりたい』の撮影に臨んでいただけに、「毎日毎日、違う思い出が浮かんできて、つらい仕事だった。悔しいですし、悲しくてたまりません。やがて我々も1人1人、そちらにいくことになります。市川組の皆がそろうまで、少し休んでいただいて新作の構想を練っていてください」との言葉を手向けた。
会の冒頭には、『黒い十人の女』、『東京オリンピック』、『股旅』など、監督した映画全79本中、78本の映像、場面写真、撮影スナップでつづられた約17分の追悼映像が流された。会場からは、きせずして拍手が沸き起こる。岸惠子は、『細雪』に起用された際のエピソードを交え、「監督は自ら電話をかけてこられ、『惠子ちゃんは関西弁下手やし、ちょっと向いてないかもしれないな。全くのミスキャストやな』と言われたのに、私はほいほいとついていってしまう。そんなユニークな思い出がたくさん、胸の奥につまっています」と遺影に語りかけた。
『どら平太』に主演した役所は「常にユーモアを交えた会話で和ませてくれた。『よーい、スタート』の声が印象に残っている。これからも見守っていてください」と唇をかみしめる。『ビルマの竪琴』(85)などで指導を受けた中井も「監督はくよくよするのが好きではなかった。今日の会も恥ずかしがっていると思う。僕も前を向いて、いい思い出を胸に進んでいきたい。何でも吸収なさるどん欲さを受け継いでいきたいと思っています」と気丈に話した。
「人間はいろいろな人と出会い、人生ができてくる。そのなかで決定的に運命を変えてくれたのが監督」と言い切るのは、テレビ、映画を通じて木枯し紋次郎を演じた中村。「92歳で仕事をしていたこと自体がすごい。でも、僕の中ではまだ生きているんです。別れの儀式をしている気がしない。今日も『死んだってどういう感じですか?』と語りかけたら、『それ、どういう意味?』って聞き返されました」と、いまだに市川監督の死を受け入れられない様子だった。
▼主な参列者 石坂浩二、中村敦夫、役所広司、中井貴一、岸惠子、浅丘ルリ子、吉永小百合、草笛光子、浅野ゆう子、谷川俊太郎、山田洋次、日枝久、角川歴彦、松岡功、高井英幸(以上発起人)、萬田久子、島田陽子、杉葉子、豊川悦司、岸部一徳、岩城滉一、風吹ジュン、佐久間良子、鈴木京香、松嶋菜々子(順不同、敬称略)
会の冒頭には、『黒い十人の女』、『東京オリンピック』、『股旅』など、監督した映画全79本中、78本の映像、場面写真、撮影スナップでつづられた約17分の追悼映像が流された。会場からは、きせずして拍手が沸き起こる。岸惠子は、『細雪』に起用された際のエピソードを交え、「監督は自ら電話をかけてこられ、『惠子ちゃんは関西弁下手やし、ちょっと向いてないかもしれないな。全くのミスキャストやな』と言われたのに、私はほいほいとついていってしまう。そんなユニークな思い出がたくさん、胸の奥につまっています」と遺影に語りかけた。
『どら平太』に主演した役所は「常にユーモアを交えた会話で和ませてくれた。『よーい、スタート』の声が印象に残っている。これからも見守っていてください」と唇をかみしめる。『ビルマの竪琴』(85)などで指導を受けた中井も「監督はくよくよするのが好きではなかった。今日の会も恥ずかしがっていると思う。僕も前を向いて、いい思い出を胸に進んでいきたい。何でも吸収なさるどん欲さを受け継いでいきたいと思っています」と気丈に話した。
「人間はいろいろな人と出会い、人生ができてくる。そのなかで決定的に運命を変えてくれたのが監督」と言い切るのは、テレビ、映画を通じて木枯し紋次郎を演じた中村。「92歳で仕事をしていたこと自体がすごい。でも、僕の中ではまだ生きているんです。別れの儀式をしている気がしない。今日も『死んだってどういう感じですか?』と語りかけたら、『それ、どういう意味?』って聞き返されました」と、いまだに市川監督の死を受け入れられない様子だった。
▼主な参列者 石坂浩二、中村敦夫、役所広司、中井貴一、岸惠子、浅丘ルリ子、吉永小百合、草笛光子、浅野ゆう子、谷川俊太郎、山田洋次、日枝久、角川歴彦、松岡功、高井英幸(以上発起人)、萬田久子、島田陽子、杉葉子、豊川悦司、岸部一徳、岩城滉一、風吹ジュン、佐久間良子、鈴木京香、松嶋菜々子(順不同、敬称略)























































