
メル・ファーラー
『リリー』『戦争と平和』『陽はまた昇る』などの主演で知られる往年の名優、メル・ファーラーが2日(月)、カリフォルニア州サンタバーバラ郊外の自宅で死去した。90歳だった。
長身でハンサムなスターだったファーラーは俳優のみならず、監督、プロデューサーとしても活躍。5度の結婚歴があり、4番目の妻であったオードリー・ヘップバーンの夫としても知られている。
役者としては1953年公開の『リリー』で演じた、レスリー・キャロン演じるフランス人孤児のヒロインと恋に落ちる、カーニバルの人形遣い役が最も印象的と評価も高い。また56年公開の『戦争と平和』で演じたヘップバーンの相手役も批評家たちの称賛を受けた。
ヘップバーンとは54年にブロードウェイの舞台「オンディーヌ」での共演をきっかけに婚約、その年の内にスイスのバーゲンストックで結婚した。60年には息子をもうけたが68年に離婚、71年に結婚した5番目の妻エリザベス・スコーティンとは最期まで連れ添い、5人の子どもと数人の孫を遺した。
長身でハンサムなスターだったファーラーは俳優のみならず、監督、プロデューサーとしても活躍。5度の結婚歴があり、4番目の妻であったオードリー・ヘップバーンの夫としても知られている。
役者としては1953年公開の『リリー』で演じた、レスリー・キャロン演じるフランス人孤児のヒロインと恋に落ちる、カーニバルの人形遣い役が最も印象的と評価も高い。また56年公開の『戦争と平和』で演じたヘップバーンの相手役も批評家たちの称賛を受けた。
ヘップバーンとは54年にブロードウェイの舞台「オンディーヌ」での共演をきっかけに婚約、その年の内にスイスのバーゲンストックで結婚した。60年には息子をもうけたが68年に離婚、71年に結婚した5番目の妻エリザベス・スコーティンとは最期まで連れ添い、5人の子どもと数人の孫を遺した。

『戦争と平和』左からヘンリー・フォンダ、オードリー・ヘップバーン、メル・ファーラー
後年は俳優としての活動より、映画・テレビの監督、プロデューサーとして活躍のほうがめだった。ヘップバーンが早川雪洲と共演した59年の『緑の館』では監督を務め、またヘップバーンの代表作のひとつ、67年の『暗くなるまで待って』(日本公開は68年)のプロデュースも手がけている。
さかのぼれば1917年、ニュージャージー州エルベロンで、プエルト・リコ出身の父と社交界の華である母の間に生まれたファーラー。プリンストン大学在学中から脚本家として頭角を現し、メキシコで小説を執筆するために大学を中退した後、絵本 “Tito’s Hats”を出版した。
ニューヨークで書籍の編集者として1年を過ごした後、ブロードウェイ・ミュージカルのダンサーとして演劇のキャリアをスタートさせ、舞台やラジオでの演技や映画監督を経験する。俳優としての最初の大きな役は、1949年の“Lost Boundaries” の白人として生きる肌の色の薄い黒人医師で、その堂々とした風采と歯切れのよい声に一気に注目が集まるきっかけとなった。
主な映画出演作は、『無頼の谷』や『血闘』、『円卓の騎士』、『濁流』、『史上最大の作戦』、『ローマ帝国の滅亡』、『陽はまた昇る』など。
さかのぼれば1917年、ニュージャージー州エルベロンで、プエルト・リコ出身の父と社交界の華である母の間に生まれたファーラー。プリンストン大学在学中から脚本家として頭角を現し、メキシコで小説を執筆するために大学を中退した後、絵本 “Tito’s Hats”を出版した。
ニューヨークで書籍の編集者として1年を過ごした後、ブロードウェイ・ミュージカルのダンサーとして演劇のキャリアをスタートさせ、舞台やラジオでの演技や映画監督を経験する。俳優としての最初の大きな役は、1949年の“Lost Boundaries” の白人として生きる肌の色の薄い黒人医師で、その堂々とした風采と歯切れのよい声に一気に注目が集まるきっかけとなった。
主な映画出演作は、『無頼の谷』や『血闘』、『円卓の騎士』、『濁流』、『史上最大の作戦』、『ローマ帝国の滅亡』、『陽はまた昇る』など。


















































