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娯楽に徹した巨匠
市川監督に今こそ正当な評価を

2008/02/15
市川崑監督
市川崑監督
 2月13日、市川崑監督の訃報に接して、すぐに思い出したのが、作家小林信彦氏が、「コラムは誘う」(新潮社刊)で書いた黒澤明監督に関する文章だった。1998年に黒澤監督が亡くなった際、礼賛とやっかみに二極化した報道内容に違和感を抱いた内容だったが、その中で小林氏は、黒澤監督の長寿ぶり(丈夫という言葉を使っていた)を指摘。しかも現役での長寿であることを挙げ、それこそが、評価の二極化に拍車をかけたと言い放った。

 つまり、彼のモノクロ作品をたいして見ずに、評価を下している世代がいる。これは、明らかに長期にわたった彼の監督活動からきている。つまり彼の長寿により、他の名監督と比べて、その評価軸が恐ろしくブレてしまった結果、二極化が生まれたということを、小林氏はその文章の中で明言はしていなかったが、ほのめかしていたのだ。

 市川監督は、92歳で人生をまっとうした。88歳で亡くなった黒澤監督以上の長寿であり、小林氏風に言えば、現役での長寿だったから、今回もまた、その長期にわたった活動から、各世代による評価軸のブレを予測しなければならない。だが、市川監督に関しては、黒澤監督のような二極化的な報道は、大方出てこないだろうと推測される。

遺作となった『ユメ十夜』の『第二夜』
遺作となった『ユメ十夜』の『第二夜』
 それは、黒澤監督と市川監督との作風や作品の浸透の違いが大きいと思う。市川監督の作品は、黒澤監督にできたようなアクション(時代劇)、あるいは人間ドラマといった明確な区分けはできない。彼の活躍が目立った50年代、60年代の作品は、実に多岐にわたるジャンルのオンパレードで、一つの枠に括ることなど、全くできないからだ。

 またその時代の作品自体が、黒澤監督のように幅広く見られていることがないし、そもそも40数本(50~60年代)という作品数が評価を曖昧にさせる。つまり、その時代の作品に関し、一部の貴重な専門家の仕事を除いて、いまだきちんとした評価がされていないのが実情なのだと言っていい。たから今回、表面的な礼賛はあるだろうが、それは作品に即した具体的なものではなく、かなり抽象的なものに終始するに違いない。
 
 各報道で、彼の代表作として挙がっていたのが、『ビルマの竪琴』(56年版)、『東京オリンピック』(65年)、『犬神家の一族』(76年版)、『細雪』(83年)、そしてテレビ「木枯し紋次郎」といったあたり。これを見ても、市川監督の部分的な作品系列でしかないのがわかる。真の代表作ではないのだ。『七人の侍』『生きる』『赤ひげ』『用心棒』などが代表作として挙がり、まさにそのとおりである黒澤監督の場合とはかなり違う。

 市川監督の作品は、角川映画第1弾の『犬神家の一族』(76年)以前と以後、また夫人であり、名コンビを組んでいた脚本家の和田夏十氏が亡くなった83年以前と以後、という括りができると思う。前者が興行面、後者が創作面の分岐点になるのだが、それはどちらから見ても、興味深い区分けとなる。

 しかし、そうした区分けを取っ払ってみても、全体の作品系列は、見事に娯楽作品で首尾一貫しているのに驚かされる。芸術的な色気は、文芸作品などに感じられないこともないが、よく指摘される彼独特の都会的で、軽妙洒脱な映像感覚は、娯楽的な要素を一層強固にすることから要請されていると見るべきだろう。芸術より、娯楽なのだ。

 映画監督や作家が現役で長寿というのは、先の小林氏によれば奇跡だそうだ。市川監督は、明らかにその奇跡の人であった。ただ、作品の全体像は、まだ明確な像をもっていないようにみえる。

 作品歴の華々しさから、毀誉褒貶に絶えずさらされた黒澤監督とは、現役で長寿とはいえ、全く違った評価、受け取られ方をされてきた市川監督。今後、多方面から様々な作品分析の取り組みが行われていくのが望ましい。いたずらに巨匠と言われながら、その実体がよくわからないのでは、情けない。市川監督は、大きな宿題を残してくれたと思う。
                            (映画ジャーナリスト 大高宏雄)

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