
映画化された『ヘアー』
1960年代に人気を博し、映画化もされたミュージカル“Hair”(「ヘアー」)。当時としては異例のオフ・ブロードウェイからブロードウェイに進出した本作が、再び現代のブロードウェイに戻ってくる可能性が出てきた。だが、初演時とまったく同じ内容にはならないだろう。
昨年9月、パブリック・シアターが愛と平和をテーマにした同作の“コンサート版”をセントラル・パークの野外劇場で上演した。チケットはほとんどが先着順で無料配布された。チケットは、瞬く間に入手困難なプレミア状態となり、批評目的で公演された舞台ではないにも関わらず、多くの有名批評家が駆けつけ絶賛した。
この舞台が今後どう発展するかという話題のなかで、屋内劇場での再演は避けられないように思われた。しかし、人気に再び火をつけたパブリック・シアターは、シェイクスピア作品が夏の間に公園で野外上演されたのと同じように、屋外で見せようと提案した。ジョナサン・グロフ(“Spring Awakening”)が率いるコンサート版のキャストは、フラワー・パワーみなぎるロック・ミュージカルに、セントラル・パークほどぴったりなところはない、とこの提案に賛同している。しかし、ブロードウェイ公演の可能性がなくなったわけではない。「これから他の場所で上演される可能性はいくらでもある」と話したのは、パブリック・シアターのオスカー・オースティス。
コンサート用に変更された作品は、オリジナルと比べて明らかに短くなった。再演初日の7月17日まで、これら変更の仕上げは続くだろう。千秋楽は8月22日を予定している。
監督のダイアン・パウルスは、オリジナルの製作チームである作家/作詞家のジェームズ・ラドーと、作曲家のガルト・マクダーモットとともに、コンサート版の調整を続けている(台本を共同執筆し、作詞家としても活躍したジェローム・ラグニは91年に他界)。構成が甘いオリジナル版を、しっかりとまとめることがメインだ。いくつかの場面は削除され、代わりにオフ・ブロードウェイ時代に演じられていたバージョンから取り入れた部分もある。
ラドーは、初演から40年を経ても困惑することはないと話す。なぜなら彼自身も、作品が歳を取るのと同じように、年月を重ねてきたからだ。「“Hair”には、なんとも言えないオリジナリティがあるんだ」。
しかし、オリジナル版のプロデューサーだったマイケル・バトラーは、作品が元のままで上演されることを願っており、「この問題をめぐって、もう10年以上も争いを続けている」と話す。「私たちの使命は、オリジナル版に忠実でいることだと思う。観客はかつて見た作品を、もう1度見たいのだ」。昨秋の上演中、バトラーはオリジナルに忠実な“Hair”をハリウッドで上演した。バトラーの“Hair”も高評価を受けたが、ラドーを今後の製作に巻き込むことは出来なかったという。
観客が目にする新生“Hair”は、作品が最初にスタートしたオフ・ブロードウェイ版が縮小されたもの。元々は3時間という長丁場の作品だったが2幕展開で、1幕1時間となっている。ラドーはこう話す。「いろいろな要素を足して、オリジナル版に忠実な勢いと透明度をあわせ持った作品を作ることが出来た」。
“Hair”は、若いヒッピー世代を中心とした物語。反戦を掲げる彼らは、ヴェトナム戦争中のアメリカで異分子的な存在だ。作品は性の自由から人種、環境汚染などの問題を提示し、有名なラストシーンでは、キャストが裸になる。“Aquarius”や“Let the Sunshine In”などの有名曲が使用されており、テーマ曲は“Frank Mills”だ。
最初のロック・ミュージカルと評される“Hair”の初演は、1967年。翌年にはバトラーの指揮のもと、オフ・ブロードウェイからブロードウェイに見事な転身を遂げた最初の作品の1つとなり、4年以上ロングランされた。77年に再演されたが、3カ月で終了。79年にはミロシュ・フォアマン監督が映画化したが評価はバラバラで、大衆の意見は「10年、いや20~30年作られるのが遅かった」だった。
パブリック・シアターのコンサート版は、ミュージカルの生誕40周年を記念。この公演には徹夜組を含む長蛇の列ができ、作品への関心の高さがうかがわれた。パブリック・シアターは観客の声に応え、セントラル・パークで夏季に上演する演目に“Hair”を追加。他に上演されるシェイクスピア作品に比べ製作費がかかり、26人のキャスト、12人のミュージシャンが必要になる。
長い間、公演スケジュールは白紙のままになっていた。パウルスは「今年の夏に上演するよう、押していた」という。「今年は大統領選の年であり、我々は長引きすぎている戦争の真っただ中にいる。時は満ちた」。
しかし、時代背景は初演時とは変わっている。多くのヒッピー文化の特徴は主流文化に飲み込まれ、オフ・ブロードウェイからブロードウェイに進出するということがセンセーショナルだった時代に比べ、ダウンタウンとアップタウンの隔たりはなくなっている。「作品の魂をいかに描くかということ。ファッションではなく、ヒッピーでいることの意味とは何かということを描くのがチャレンジだ」。
上演場所はセントラル・パークのデラコート劇場。「作品の素材を取り出して“ショウ”を作るのではなく、観客に向かって話しかける人々に正直な作品を作るということが、この作品の核」。
とはいえ、ブロードゥエイ公演の可能性もある。この可能性は、昨年夏のような成功が収められたらより明確になるだろう。「デラコートで上演するからと言って、他の場所で上演できないなんてことはない」とパウルスは話した。
昨年9月、パブリック・シアターが愛と平和をテーマにした同作の“コンサート版”をセントラル・パークの野外劇場で上演した。チケットはほとんどが先着順で無料配布された。チケットは、瞬く間に入手困難なプレミア状態となり、批評目的で公演された舞台ではないにも関わらず、多くの有名批評家が駆けつけ絶賛した。
この舞台が今後どう発展するかという話題のなかで、屋内劇場での再演は避けられないように思われた。しかし、人気に再び火をつけたパブリック・シアターは、シェイクスピア作品が夏の間に公園で野外上演されたのと同じように、屋外で見せようと提案した。ジョナサン・グロフ(“Spring Awakening”)が率いるコンサート版のキャストは、フラワー・パワーみなぎるロック・ミュージカルに、セントラル・パークほどぴったりなところはない、とこの提案に賛同している。しかし、ブロードウェイ公演の可能性がなくなったわけではない。「これから他の場所で上演される可能性はいくらでもある」と話したのは、パブリック・シアターのオスカー・オースティス。
コンサート用に変更された作品は、オリジナルと比べて明らかに短くなった。再演初日の7月17日まで、これら変更の仕上げは続くだろう。千秋楽は8月22日を予定している。
監督のダイアン・パウルスは、オリジナルの製作チームである作家/作詞家のジェームズ・ラドーと、作曲家のガルト・マクダーモットとともに、コンサート版の調整を続けている(台本を共同執筆し、作詞家としても活躍したジェローム・ラグニは91年に他界)。構成が甘いオリジナル版を、しっかりとまとめることがメインだ。いくつかの場面は削除され、代わりにオフ・ブロードウェイ時代に演じられていたバージョンから取り入れた部分もある。
ラドーは、初演から40年を経ても困惑することはないと話す。なぜなら彼自身も、作品が歳を取るのと同じように、年月を重ねてきたからだ。「“Hair”には、なんとも言えないオリジナリティがあるんだ」。
しかし、オリジナル版のプロデューサーだったマイケル・バトラーは、作品が元のままで上演されることを願っており、「この問題をめぐって、もう10年以上も争いを続けている」と話す。「私たちの使命は、オリジナル版に忠実でいることだと思う。観客はかつて見た作品を、もう1度見たいのだ」。昨秋の上演中、バトラーはオリジナルに忠実な“Hair”をハリウッドで上演した。バトラーの“Hair”も高評価を受けたが、ラドーを今後の製作に巻き込むことは出来なかったという。
観客が目にする新生“Hair”は、作品が最初にスタートしたオフ・ブロードウェイ版が縮小されたもの。元々は3時間という長丁場の作品だったが2幕展開で、1幕1時間となっている。ラドーはこう話す。「いろいろな要素を足して、オリジナル版に忠実な勢いと透明度をあわせ持った作品を作ることが出来た」。
“Hair”は、若いヒッピー世代を中心とした物語。反戦を掲げる彼らは、ヴェトナム戦争中のアメリカで異分子的な存在だ。作品は性の自由から人種、環境汚染などの問題を提示し、有名なラストシーンでは、キャストが裸になる。“Aquarius”や“Let the Sunshine In”などの有名曲が使用されており、テーマ曲は“Frank Mills”だ。
最初のロック・ミュージカルと評される“Hair”の初演は、1967年。翌年にはバトラーの指揮のもと、オフ・ブロードウェイからブロードウェイに見事な転身を遂げた最初の作品の1つとなり、4年以上ロングランされた。77年に再演されたが、3カ月で終了。79年にはミロシュ・フォアマン監督が映画化したが評価はバラバラで、大衆の意見は「10年、いや20~30年作られるのが遅かった」だった。
パブリック・シアターのコンサート版は、ミュージカルの生誕40周年を記念。この公演には徹夜組を含む長蛇の列ができ、作品への関心の高さがうかがわれた。パブリック・シアターは観客の声に応え、セントラル・パークで夏季に上演する演目に“Hair”を追加。他に上演されるシェイクスピア作品に比べ製作費がかかり、26人のキャスト、12人のミュージシャンが必要になる。
長い間、公演スケジュールは白紙のままになっていた。パウルスは「今年の夏に上演するよう、押していた」という。「今年は大統領選の年であり、我々は長引きすぎている戦争の真っただ中にいる。時は満ちた」。
しかし、時代背景は初演時とは変わっている。多くのヒッピー文化の特徴は主流文化に飲み込まれ、オフ・ブロードウェイからブロードウェイに進出するということがセンセーショナルだった時代に比べ、ダウンタウンとアップタウンの隔たりはなくなっている。「作品の魂をいかに描くかということ。ファッションではなく、ヒッピーでいることの意味とは何かということを描くのがチャレンジだ」。
上演場所はセントラル・パークのデラコート劇場。「作品の素材を取り出して“ショウ”を作るのではなく、観客に向かって話しかける人々に正直な作品を作るということが、この作品の核」。
とはいえ、ブロードゥエイ公演の可能性もある。この可能性は、昨年夏のような成功が収められたらより明確になるだろう。「デラコートで上演するからと言って、他の場所で上演できないなんてことはない」とパウルスは話した。
















































