
レナード・ローゼンマン
ジェームズ・ディーン主演の『理由なき反抗』や『エデンの東』の音楽を手がけたレナード・ローゼンマンが4日(火)、心臓発作のためロサンゼルス近郊の病院で亡くなった。83歳だった。
50年代から60年代にかけ、映画音楽を近代化したことで知られ、66年のSF映画『ミクロの決死圏』、69年の『続・ 猿の惑星』、時代劇『馬と呼ばれた男』など50本近くを手がけた。
75年の『バリー・リンドン』、76年の『ウディ・ガズリー/ わが心のふるさと』で、2年連続のアカデミー賞受賞という快挙を成し遂げている。
また、83年の『クロスクリーク』、86年の『故郷(ふるさと)への長い道/スター・トレック4』はアカデミー賞にノミネートされ、アニメ版『指輪物語』(1978)では、ゴールデングローブ賞候補となった。
50年代から60年代にかけ、映画音楽を近代化したことで知られ、66年のSF映画『ミクロの決死圏』、69年の『続・ 猿の惑星』、時代劇『馬と呼ばれた男』など50本近くを手がけた。
75年の『バリー・リンドン』、76年の『ウディ・ガズリー/ わが心のふるさと』で、2年連続のアカデミー賞受賞という快挙を成し遂げている。
また、83年の『クロスクリーク』、86年の『故郷(ふるさと)への長い道/スター・トレック4』はアカデミー賞にノミネートされ、アニメ版『指輪物語』(1978)では、ゴールデングローブ賞候補となった。

ローゼンマンがアカデミー賞を受賞した75年の作品『バリー・リンドン』
24年生まれ、ニューヨーク・ブルックリン出身。アルノルト・シェーンベルク、ロジャー・セッションズ、ルイージ・ダッラピッコラらの作曲家に師事する。エリア・カザンが54年の『エデンの東』に起用するまでは、室内楽の作曲をしたり、ピアノの教師をしていた。50年代のニューヨークのコンサート界の影響を多分に受けており、映画音楽の近代化に貢献。当時はあまり使われていなかった12音技法、無調性、微分音などの作曲法を早くから用いた。
ディーンの友人でもあり、『エデンの東』の撮影時、ずっとセットに残っていたというエピソードもある。その後もカリフォルニアに住み、『理由なき反抗』の作曲も手がけることになった。『蜘蛛の巣』(55)では、複雑な調和音を使い、注目された。
テレビドラマでも40作品近くの音楽を作曲。“Sybil“や”Friendly Fire“ではエミー賞も受賞している。
家族は妻と3人の子供、2人の孫がいる。
ディーンの友人でもあり、『エデンの東』の撮影時、ずっとセットに残っていたというエピソードもある。その後もカリフォルニアに住み、『理由なき反抗』の作曲も手がけることになった。『蜘蛛の巣』(55)では、複雑な調和音を使い、注目された。
テレビドラマでも40作品近くの音楽を作曲。“Sybil“や”Friendly Fire“ではエミー賞も受賞している。
家族は妻と3人の子供、2人の孫がいる。















































