●製作:ニール・H・モリッツ 製作総指揮:カラム・グリーン、タニア・ランドウ、リンウッド・スピンクス 監督:ピート・トラヴィス 脚本:バリー・L・レヴィー
●出演:デニス・クエイド、マシュー・フォックス、フォレスト・ウィタカー、ブルース・マクギル、エドガー・ラミレス、サイード・タグマウイ、アイェレット・ゾラー、ゾーイ・サルダナ、シガニー・ウィーヴァー、ウィリアム・ハート
●2008年/アメリカ/89分/3月8日(土)より日本公開
●配給:ソニー・ピクチャーズ
●出演:デニス・クエイド、マシュー・フォックス、フォレスト・ウィタカー、ブルース・マクギル、エドガー・ラミレス、サイード・タグマウイ、アイェレット・ゾラー、ゾーイ・サルダナ、シガニー・ウィーヴァー、ウィリアム・ハート
●2008年/アメリカ/89分/3月8日(土)より日本公開
●配給:ソニー・ピクチャーズ
そもそももっともらしくない一幕ものが、異なった視点からの映像再生を際限なく繰り返すことで、新鮮なスリルと新たな洞察を生み出したりすることはできるのだろうか? 本作『バンテージ・ポイント』によれば、その答えはNOである。物語を伝える手法に新しいひねりを加えていても、本質的には23分ほどで解決してしまう物語を引き延ばすだけ引き伸ばして出来上がった1時間半の映画は、まさに拷問でしかない。政府要人の暗殺未遂と暴力的なまでにうそ臭い事件後の様子を延々と追いかけ続ける本作は、その隅から隅までが大雑把で神経に障り、とどのつまりが全く救出不可能で、交通事故のように登場人物に苦痛を負わせ続けるだけのものになってしまっている。米では公開が延び延びになってしまった作品。観客の注意を引くだけのキャストが揃ってはいるが、この映画を見るためにシネコンに車を走らせる人は少ないだろう。特に口コミで悪評が伝わってしまうとなれば、その結果は壊滅的になってしまうだろう。
合衆国大統領の狙撃を皮切りに、
23分の出来事が繰り返される
物語は、はじめから終わりまで、国際的テロリストとの戦いを話し合うために、各国首脳が集まるサミットが開催されるスペインの街サラマンカの広場の中と周辺から離れることがない。幾度となく繰り返される同じようなシーンの皮切りとなっているのが、ニュース・クルーのカメラレンズを通した映像。この中、ステージ上の合衆国大統領(ウィリアム・ハート)が狙撃される。それに続く大きな爆発と、混乱する聴衆。辺りを覆う煙は晴れていくが、物語の展開はそうは行かない。その時点から時計は23分戻され、一連の出来事が繰り返される。このときの視点は、トラブルを抱えた大統領護衛官トーマス・バーンズ(デニス・クエイド)のもの。
そのようにして、バリー・L・レヴィの脚本は進んでいく。『羅生門』のスタイルを取り入れ、出来事を何度も何度も行きつ戻りつしながら、その度に違った人物を登場させ、それぞれの視点での映像に、問題解決の新しいヒントが散りばめられている。同僚護衛官(マシュー・フォックス)とともに、恐怖の出来事を目撃した後、トーマスの視点は、怪しい様子のスペイン人警官(エドワルド・ノリエガ)のそれに移っていく。彼の視点は次に、都合よくビデオカメラを持って街角に立っていた聴衆の一人、気の優しいアメリカ人(フォレスト・ウィテカー)に受け渡される。そうして物語はついに、狙撃された大統領本人にまでたどり着くのだが、彼の見ていた一連の出来事は大方の予想を裏切るものになっている。
そのようにして、バリー・L・レヴィの脚本は進んでいく。『羅生門』のスタイルを取り入れ、出来事を何度も何度も行きつ戻りつしながら、その度に違った人物を登場させ、それぞれの視点での映像に、問題解決の新しいヒントが散りばめられている。同僚護衛官(マシュー・フォックス)とともに、恐怖の出来事を目撃した後、トーマスの視点は、怪しい様子のスペイン人警官(エドワルド・ノリエガ)のそれに移っていく。彼の視点は次に、都合よくビデオカメラを持って街角に立っていた聴衆の一人、気の優しいアメリカ人(フォレスト・ウィテカー)に受け渡される。そうして物語はついに、狙撃された大統領本人にまでたどり着くのだが、彼の見ていた一連の出来事は大方の予想を裏切るものになっている。
テロ事件の不安感を絞り取るだけの日和見主義
このありえない設定が満載の脚本に乗ってしまった観客でさえ、30分を過ぎる頃から辟易とした感覚にとらわれるはずである。即席のビデオ再生という構成が、理論的にもありえないということだけでなく、この観客いじめの作戦があまりにもお粗末で、見え見えであるからに他ならない(映っている映像の外側で何か衝撃的なことが起こるたびに、登場人物に「なんてことだ」とつぶやかせるものだから、3度目か4度目には、何の効果もなくなってしまうということ)。激しいカーチェイスと銃撃が繰り返される中、作品はくどいという範囲を超えて、もう笑うしかないものになってしまい、アイスクリームを持ったかわいらしい女の子が行きかう車を避けて走る件になる頃には、もう最低と言うしかなくなってしまっている。
『大いなる陰謀』や “Rendition”(日本公開未定)、『告発のとき』などの最近の時事問題を扱ったドラマは、その欠点が何であれ、少なくとも政治的争点となる主題にしっかりと関わった作品となっている。気弱で同時に日和見主義の『バンテージ・ポイント』に至っては、ただただ遠慮なく9.11や2004年のマドリッド列車爆破テロの不安感を搾り取ろうとしているだけで、全体的には安全でノンポリ的なところに身をおこうとしているだけなのである。
背景となる筋書きを水増しするためだけに物語に組み込まれているのが、チラッと出てくるモロッコの話と3人の悪役。フランス人俳優サイード・タグマウイ(『君のためなら千回でも』『スリー・キングス』)、イスラエルの女優アイェレット・ゾラー(『ミュンヘン』))、そしてベネズエラ人俳優エドガー・ラミレス(『ボーン・アルティメイタム』)によって演じられているのが、この3人の悪役なのだが、その素性も意図的に曖昧にされているままなのだ。この3人が画面に登場するたびに、アトリ・オーヴァーソンのパーカッションに合わせて異国情緒タップリな甘い歌声が流れるのだが、事ここに至っては、ただもうテロリストを主人公にしたラテン風メロドラマが始まったのかと思わせる効果しか出ていない。
『大いなる陰謀』や “Rendition”(日本公開未定)、『告発のとき』などの最近の時事問題を扱ったドラマは、その欠点が何であれ、少なくとも政治的争点となる主題にしっかりと関わった作品となっている。気弱で同時に日和見主義の『バンテージ・ポイント』に至っては、ただただ遠慮なく9.11や2004年のマドリッド列車爆破テロの不安感を搾り取ろうとしているだけで、全体的には安全でノンポリ的なところに身をおこうとしているだけなのである。
背景となる筋書きを水増しするためだけに物語に組み込まれているのが、チラッと出てくるモロッコの話と3人の悪役。フランス人俳優サイード・タグマウイ(『君のためなら千回でも』『スリー・キングス』)、イスラエルの女優アイェレット・ゾラー(『ミュンヘン』))、そしてベネズエラ人俳優エドガー・ラミレス(『ボーン・アルティメイタム』)によって演じられているのが、この3人の悪役なのだが、その素性も意図的に曖昧にされているままなのだ。この3人が画面に登場するたびに、アトリ・オーヴァーソンのパーカッションに合わせて異国情緒タップリな甘い歌声が流れるのだが、事ここに至っては、ただもうテロリストを主人公にしたラテン風メロドラマが始まったのかと思わせる効果しか出ていない。
S・ウィーヴァーとW・ハートの演技は歓迎すべき例外
ピート・トラビス(デビューとなっているのは、2004年のドキュメンタリー・ドラマ “Omagh”)が監督をつとめる本作は、1998年の『スネーク・アイ』と『ボーン』シリーズ最近の2作をぶつけ合わせたようなものを狙っているのだろうが、ぶつけ合わせて出来たものは、ブライアン・デ・パルマのスキャンダラスで詮索好きな言動のウラに隠された意味合いも、ポール・グリーングラスの動的な正確さもないものになってしまっている。特に、激しく揺れるカメラの動きやテンションを上げていこうとする編集は、後者『ボーン』シリーズの特徴をあきらかに真似しようとしているのだが、激しい動きに船酔いしなかった観客であれば、繰り返される断片的な映像に、一時的につじつまの合わないところがあることにすぐに気がつくだろう。
出演俳優たちの演技は、そのほとんどが作品のヒステリックなトーンに引きずられるようなものになってしまっているが、シガーニー・ウィーヴァーの演じたクールで冷静なニュース編集者(最初の巻が終わるころには消えてしまうのが、とても残念)とウィリアム・ハート演じる大統領だけは、歓迎すべき例外となっている。撮影が行われたのは、メキシコ・シティーに再現されたサラマンカのプラザ・マヨールで、大集会が行われている雰囲気はしっかりと出ているし、エキストラ(大半はデジタルによって増幅されてものであろうけれども)の扱いだけは十分にうまくいっているように見える。
出演俳優たちの演技は、そのほとんどが作品のヒステリックなトーンに引きずられるようなものになってしまっているが、シガーニー・ウィーヴァーの演じたクールで冷静なニュース編集者(最初の巻が終わるころには消えてしまうのが、とても残念)とウィリアム・ハート演じる大統領だけは、歓迎すべき例外となっている。撮影が行われたのは、メキシコ・シティーに再現されたサラマンカのプラザ・マヨールで、大集会が行われている雰囲気はしっかりと出ているし、エキストラ(大半はデジタルによって増幅されてものであろうけれども)の扱いだけは十分にうまくいっているように見える。

































