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恋愛中毒は映画中毒を呼び寄せる

2008/04/11

●2006年/フランス、イタリア/カラー/ドルビーSR/137分/2008年4月5日より岩波ホールほか日本順次公開
●配給 セテラ・インターナショナル

映画は「過程」をこそ描く芸術

(c) 2006 Pierre Grise Productions - Arte France Cinema - Cinemaundici
(c) 2006 Pierre Grise Productions - Arte France Cinema - Cinemaundici
 その作品歴の出発点「王手飛車取り」の昔から、どうしてジャック・リヴェットはチェスのように押したり引いたりの恋の駆け引きや、パリ市内を双六にみたてた移動型サスペンスや、画家とモデルが作用しあっての困難な絵画の創作過程や、演出家と俳優たちの新作舞台のリハーサル過程といったものに惹かれ続けるのだろう。今回の『ランジェ公爵夫人』も、〈恋愛ゲーム〉に〈陰謀〉とジャック・リヴェットの好きなものづくしの映画である。

 くだんの問いを気にしながら、改まった気持ちで『ランジェ公爵夫人』で描かれる恋の時間に伴走していると、なるほどリヴェットが映画のモチーフとして恋の駆け引きにこだわる理由が判ってきた。なぜなら恋愛は特定の「かたち」が無く、「過程」が全てだからである。しばしば映画は特

定の画=「かたち」を描くものだと誤解されるけれども、映画は移ろう時間=「過程」をこそ描く芸術である。極端にいえば、私たちは「映画を見た」とよく言うけれども、純度の高い映画ほど「見えない」まま通り過ぎるはずなのである。だから、時間にまつわる美学を欠いて特定の画面づくりに熱中する監督の作品はおよそつまらない(同じ理由で、映画をほめる時に「鮮烈な映像美」などという評者はほとんどマユツバである)。ということで、要は「恋愛」はひじょうに「映画」に似ていて、「恋愛」を思考することは「映画」を思考することと相似形なのである。

 夫が領地住まいのランジェ公爵夫人は、無骨で率直なモンリヴォー将軍を夜な夜な自室に呼び入れて誘惑しつつ、さまざまな理由をつけて手に接吻する以上のことは許さない。

 将軍はじらしにじらされて、ついに忍耐の極をこえ、秘密結社の連中の手を借りて、彼女を秘密の場所に誘拐する。このとき、にわかに夫人に大きな変化が起こる。焼ごてを額にあてて夫人を強引にわがものとするがいいかと問う将軍の野蛮な問いに、ほぼ反射的な速度で夫人は快諾する。そのときのランジェ公爵夫人の表情は、当時評判の表現を使えば「陶然と」している。

性急なほど潔癖な終わり方もいい

 あれだけじらしておきながら、俄然将軍の所有物となることをうっとりと認める夫人を将軍は不可解に思う。だが、これまでは悪意や虚栄心でじらしてきたのではなく、社会的なくびきを脱することを抑制しながら、貴方に心のすべてを捧げていたのだと公爵夫人はいう。それなのに、あなたは貪欲にも肉体まで奪おうとするのかと。夫人の「陶然」の表情は、それを信ずるに足る迫真ぶりだが、しかしこれが彼女の本音なのか、予想外の状況に応えて装ったことなのか、それは判らない。そんなわけでいったいいつの時点からそれは始まっているのかは不明だが、とにかくこの誘拐された時に夫人が本気の愛情に罹患していることは疑いようも無ない。

 だが、燃えやすく醒めやすい男の恋と、助走は緩慢だが火がつくと底なしの女の恋はしばしばすれちがう。この恋愛の皮肉ゆえ、さんざん弄ばれた(と思っている)将軍は、相手がようやく燃え上がったときに、もはやこの不可解きわまりない女性とは距離を置こうという堅い決心をしている。あるいは夫人の「陶然」ぶりを見て、彼はもう満足半分、復讐半分くらいの気持ちになって、一気にこれまでの攻守の関係を逆転させようとサディスティックに思いたったのかもしれない。そのあたりのどの感情が真実であるのかは、あえて説明はされない。いずれにしても、公爵夫人と将軍の関係は、チェスの試合のように突如形勢が変わってしまったのであった。そしてラスト、疲弊した夫人が試合をおりてしまったとき、彼女はクールに言えば「前は女だったが今はなんの価値もない」ものとなり、もはや「一篇の詩」に過ぎなくなる。そのとき、恋愛の「過程」をめぐる映画は、語りの根拠を失って、ばっさりと幕が引かれる。この目ざわりな感傷ぬきの、性急なほど潔癖な終わり方もいい。

 リヴェットは、透徹した映画の文体で、この恋愛の変容の「過程」を追いかけ続け、そのことをもって映画の凝集力は比類なき高みに達する。観客は、二人の恋の特異な変転に伴走しながら、きわめて充実した映画の時間を堪能することになろう。主演のカップルはもとより、貫禄で見せるビュル・オジエ、包容力でいい味を出すミシェル・ピコリら助演の名優陣も印象深い。

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