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人生という監獄の反転劇

2008/05/03

ブレス
●英題:BREATH/2007年/韓国/カラー/ビスタ/ドルビーSRD/84分/2008年5月3日から日本公開
●配給:エスピーオー

特異な「劇」の高みを創出してきたキム・ギドク

 過度な思い込みや執着からコミュニケーションの不全や破綻をひき起こす人物を好んで描いてきたキム・ギドク監督は、そういう極端なる人びとの極端なる意志と行動を扱いながら、自らは強靭で怜悧な視座から微動だにすることがない。この極端なる素材と静謐でクールなまなざしの掛け算が、知的緊張感に貫かれた特異な「劇」の高みを創出してきた。

 冷徹な視座といえば、台湾からチャン・チェンを主人公の死刑囚役として招いた意欲作『ブレス』で、キム・ギドクは自ら人物たちの動静を終始黙して監視カメラで見守り続ける刑務所の保安課長を演じている。この保安課長は、通常なら考えられない死刑囚と見も知らぬ人妻(パク・チア)の邂逅を画策し、その異様な関係の発展をひたすら傍観する。実はこのほとんど姿を見せぬ保安課長は、死刑囚と人妻の突飛なドラマを成立させるための口実として設けられている人物である。すなわち、獄中で死刑囚と人妻がたまさか出会い、慰めあい、しまいには情交にまで至るというあり得ない状況が、実はこの保安課長の奇妙な思いつきによって実現されているという言い訳によって、物語は虚構としてのリアリティを獲得しているわけである。

演出家キム・ギドクの立ち位置

 保安課長は、テレビでこの死刑囚の存在を知って接点を求めてくる人妻のことが直観的に気になって、刑務所内に導き入れる。そして、二人の接触のレベルを解放したり遮断したりしながら、暗に彼らの関係性の変化を促そうとする。この触媒のような存在の保安課長は、ほとんど演出家キム・ギドクその人の立ち位置に近いかもしれない。これまでも彼は異様な状況という名の監獄に人物たちを閉じ込めて、そそのかしたり自由を奪ったりしながら、彼らの不可解な衝迫を凝視するためのシミュレーションを反復してきたのである。

 韓国の富裕層の人妻は公然と夫(ハ・ジョンウ)に浮気され、底なしの虚無感を抱えて生きている。そんな彼女が、テレビで見初めただけの死刑囚に接近し、一方的に慰めの趣向を反復して親しくなってゆく。それは自殺常習者である死刑囚と、絶望的な人妻とが不思議な連帯関係のもとで精神的再生を探る救済のドラマに見えて、やはり最後にはキム・ギドクらしい一筋縄ではいかぬ苦味に満ちた急展開が待っている。暗澹とやつれた人妻と囚人は音叉のごとくにお互い笑顔と生気を与えあうが、それは獄内に貼られた絢爛たるフェイクの四季にも似てやにわにぺろりと剥がれ、実はなんら癒えていないどん底の虚無が改めて噴出する。と同時に奇特な善意にも思われた人妻の行為が、エゴと寂寥感に満ちたあがきにも見えて、観る者は複雑な怖気を感ずるであろう。そして、死刑囚が人妻を釘付けにして破壊寸前の夫婦を翻弄しているように思われた構図が反転し、むしろ彼は人妻が夫から遠心的に離れひと暴れして孤独をつきつめるための口実であって、その果てでぼろぼろになりながら夫婦が再結束することに利用されていたのではないかとさえ思われてくる。

空虚な日常を持て余す女たち

 ところで、空虚な日常を持て余す女がメディアで見た死刑囚との交流にのめりこんでゆくという、偶然にもまるで同様のプロットを持つ万田邦敏監督の『接吻』という力作も最近公開されたが、ここにおいても『ブレス』の人妻にも似た挙動不審な偏執的行動に出る女を小池栄子が素晴らしいたたずまいで演じきっており、終盤に鬼気迫る反転劇が起こるところまで酷似しているのだが、この小池栄子が家庭などの背景を背負っていない孤独の極にある女だったのに対し、『ブレス』のチアは夫も娘もいて、くだんのように死刑囚と家庭との関係性のなかで変質してゆくという点でより含みの多い展開となった。

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