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スピルバーグ的世界観を思わせるしゃれた冒険物語

ジャスティン・チャン
2008/05/02

●原題:The Spiderwick Chronicles/2008年/アメリカ/97分/4月26日(土)よりスカラ座ほか全国ロードショー
●配給:パラマウント ピクチャーズ ジャパン

 5つの短編を紡ぎ、一編のしゃれた冒険物語に仕立て上げた本作は、トニー・ディテルリッジホリー・ブラックの子ども向けベストセラー・シリーズを原作とし、爽快で調和のとれた映画となっている。描かれるのは、3人の子どもたちと彼らが見つけてしまう、むくむくと裏庭にあふれ出してくるゴブリンや妖精、グリフィンや人食い鬼たちの物語。その物語は、“上品で控えめな魅力”と“魅力的な上品さ”に溢れ、子どもっぽい驚きと、大人となる日を迎えようとしている少年少女が直面する現実の厳しさが交差する、典型的なスピルバーグ的世界観に裏打ちされている。この魅力的で、過不足なく英雄不在の冒険物語に仕立て上げられた本作は、ファミリー層を中心に、まずまずの興行成績を手にすることになるだろう。

適切に計られたような視覚効果で、
感情やユーモアを豊かに演出

 最近の大きなニュースである『ライラの冒険 黄金の羅針盤』の米国での興行的失敗のせいであろうか、大規模なファンタジー映画だとしても、J.R.R.トールキンC.S.ルイス著作でないものについては、商業的な期待も薄まってしまっているように感じる。『ライラの冒険』と同じように、米パラマウントとニコロデオン共同製作である本作も、もともと軽いコメディが得意の監督に、より大規模で、より野心的な絵を撮らせようという思い切ったリスクを冒している。この作品で、その挑戦を請けたのは、マーク・ウォーターズ(『恋人はゴースト』、『ミーン・ガールズ』、『フォーチュン・クッキー』)である。

 米国では『ライラの冒険』よりも、ずっと少ない宣伝量で世に出された『スパイダーウィックの謎』であるが、どの部分を切り取っても、前者より優れた映画だと言える。映像的にも大げさではなく、それでいて感情やユーモアはずっと豊かで、より親密なテーマに対し、適切に計られたような視覚効果を売りにしている。

現実の世界をないがしろにせず、
ドアの向こうに存在する魔法の世界を信じさせる

 幼いジャレッド(フレディ・ハイモア)は、離婚したばかりの母親(メアリー=ルイーズ・パーカーが、うまい)と短気な姉マロリー(サラ・ボルジャー)、そして彼より落ち着いた一卵性双生児の弟サイモン(ハイモアの2役)とニューヨークから田舎のビクトリア朝の家に引っ越してきたことに、まったく気乗りしていない。いたずら好きで気まぐれな性格から、彼はすぐに数々のいたずらの犯人にされてしまうのだが、それは、かわいい小人のような、刺激されると怒った妖怪に変身してしまうのが玉にキズな妖精シンブルタック(声はマーティン・ショート)の仕業だった。
 
 シンブルタックが、その庭における超自然的な存在のすべてかというと、そうではない。その上、その全てが善良かというと、これも違う。そこには、邪悪で姿かたちを変えることのできるマルガラス(ニック・ノルティ)がいて、その手下で目に見えず、歩き回るゴブリンがいたりするのだ。マルガラスは、ジャレッドの大叔父アーサー・スパイダーウィック(デイヴィッド・ストラザーン、セピア色の回想シーンに登場する)が残した謎の本を奪回することに躍起になっている。その研究書は、様々な種類の妖精たちの科学的な観察図鑑のようなもので、そこに書き記された知識がマルガラスの手に渡れば、妖精のみならず全人類の存在が大いなる危険にさらされてしまうという代物である。

 その本を全力で死守するという任を受けたジャレッドは、その秘密を守るため、秘密そのものを盗み出さなければならなくなる。さらに急を要するのは、兄弟たちや、ますますイライラが募っている母親に、ドアのすぐ向こう側に存在する魔法の世界を信じさせなければならないこと。それは、ある意味、この映画製作者が観客に対して行わなければならないことと同じなのであるが、彼らは、それをうまく行っている。現実の世界をないがしろにすることなく、ゆっくりと超自然的な要素を明らかにしていき、また、明らかになっていくさまに制限を設けていきながら、賢く何気ないアプローチをかけているのだ。

観客たちを攻め立てずに、
包み込むような映像

 本の内容を切り詰め、韻文や謎かけなどの飾りを少なくしているが、脚本自体(カーリー・カークパトリックデイヴィッド・バレンバウムジョン・セイルズによる)は、冒頭から魔法の王国を支配する規則を綿密に設定し、その後も几帳面に、また巧妙な方法で規則に忠実に物語を進めている。最初の頃は、子どもたちがゴブリンたちの姿を見ることができないという設定とか、邪悪なものたちを退けるために何年も前にスパイダーウィックによって家を囲むように描かれた“魔方陣”、といった骨格となるポイントは、サスペンスの度合いを調整したり、登場する人間たちの脆さを強調したりといった効果をうまくあげている。

 観客たちが『ハリー・ポッター』シリーズの屋敷僕ドビーを気に入ったように、この作品には、シンブルタックや善良なゴブリン、ホグスクイール(声はセス・ローゲン)といった、観客からも愛されるコミカルなCG製のクリーチャーたちがたくさん登場する。一方で、視覚効果は、カレブ・デシャネルのカメラが映し出す、秋を思わせるような赤や茶色のムードにマッチするには、若干、荒削りな印象を受ける。ただ作品全体を見れば、観客たちを攻め立てるというよりも、包み込むような映像的な荘厳さを着実に組み込んだものであるともいえる。映画の後半、登場人物が妖精の粉に包まれるシーンなどは、ゴージャスで、この世のものとは思えないようなスリルを生み出している。
 
 これ見よがしに父親を不在にしていることで、脚本は、どうしても怒れる子どもと誤解されていくシングル・マザーという領域に入っていってしまうのだが、とてもうまく演じられているものの、ドラマ要素を拡大しているというよりは、題材から気をそいでしまっている印象を受ける。また、兄弟間でのケンカが長過ぎるきらいがあるが、これも、観客が抱く疑惑を一時停止させるための手段として、わざと姉マロリーの疑惑を誇張しているようなものに見えてしまう。

俳優を輝かせる監督の手腕と、
賞賛に値するプロダクション・デザイン

 しかし、ウォーターズは、俳優扱いを間違うようなことはしていない。ハイモア(『ネバーランド』、『チャーリーとチョコレート工場』)は、1人2役でこれまで同様に素晴らしい演技を見せており、ボルジャーが、デビュー作『イン・アメリカ 三つの小さな願いごと』での物静かながらドキッとするような姿から一転、攻撃的な演技を見せているさまは、とても印象に残る。この2人の流暢なアメリカ風アクセントは、彼らが海を越えてアメリカにやってきた俳優だということを微塵も感じさせない。また、ジョーン・プローライトは、スパイダーウィックの伝説に関する秘密を知る年老いた親戚として、短い登場時間ながらも好演を見せている。

 今にも崩れ落ちそうなスパイダーウィック邸のひび割れや蜘蛛の巣を作り出したジェームズ・D・ビッセルのプロダクション・デザイン、美術とセット装飾チームの仕事は賞賛に値する。撮影は、モントリオールの人里離れた林の中の空き地で行われ、隣り合う2つの世界のあいまいな境界線上で起こる物語の雰囲気をうまく出している。そして、時折、弦楽器をかき鳴らすジェームズ・ホーナーのスコアが、空想世界をさらに完璧なものにしているのだ。

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