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キム・ジフンからの鎮魂歌

2008/05/08

●英題:MAY 18/2007年/韓国/カラー/スコープサイズ/ドルビーSRD/121分/2008年5月10日から新宿ガーデンシネマ、シネカノン有楽町2丁目ほか全国にて日本公開
●配給:角川映画、CJエンタテインメント

光州事件をはじめて市民の立場から描いた力作

©2007 CJ Entertainment & KiHweck ShiDae. All Rights Reserved.
©2007 CJ Entertainment & KiHweck ShiDae. All Rights Reserved.
 軍隊が守るべき自国の国民に銃を向け、発砲する。一九八〇年に韓国の光州市で起きたいわゆる光州事件は、民主化を求める学生や市民を軍隊が武力で弾圧した悲劇。

 韓国の現代史のなかの負の部分で、長くタブーとされてきた。この映画は、はじめて光州事件を市民の立場から描いた力作。こういう映画が作られるようになったのも、韓国社会で民主化が進み、政治的にも成熟してきたためだろう。

 主人公は若いタクシーの運転手(『殺人の追憶』の刑事役キム・サンギョン)。両親に早く死なれ、高校生の弟(イ・ジュンギ)を親代りに育てている。

 前半は彼らの平穏な日々が描かれる。兄は看護師のシネ(『子猫をお願い』のイ・ヨウォン)に恋している。弟は兄の恋が実ることを願っている。

 静かな日々は、突然、軍隊によって破られる。光州市では学生を中心に民主化運動が盛り上がっていたが、全斗煥軍事政権は彼らを「暴徒」と決めつけ、軍隊を送り込んできた。

民主化への強い思いと、軍隊による弾圧への
怒りや義憤がもたらした市民蜂起

 五月十八日。軍隊は、抗議する学生や市民に向けて容赦なく発砲を開始する。逃げまどう人々に銃撃が浴びせかけられる。ひとたび「暴徒」、さらには「アカ」のレッテルを貼ってしまったら殺してもいいという軍隊の非情である。

 この弾圧が光州市民の怒りを増大させる。目の前で家族や仲間が殺されたら、黙ってはいられない。市民の抵抗が高まったのは民主化への強い思いもさることながら、軍隊による弾圧への怒り、義憤があったことがよくわかる。タクシーの運転手も、政治への関心はなかったのに、目の前で弟が無惨にも殺されたのを見て、抵抗運動に加わる。

 いわば市民が普通に持っている素朴な正義感こそが市民の心を結びつけていった。この描き方は説得力がある。

 軍隊は強化されてゆく。それに対し市民のあいだで義勇軍のような自発的抵抗部隊が作られる。元軍人(名優アン・ソンギ)がリーダーとなり、兵隊体験のある若者たちが参加する。

 武力には武力をだが、他の抵抗の方法はなかったのかとここは考えてしまう。抵抗部隊を作ったからといって正規の軍隊に勝てるわけがない。負けると分っていて戦いに参加してゆく市民たちの姿は悲愴である。

自分だけ助かりたくない、市民の素朴な倫理感

 彼らは最後に道庁舎にたてこもる。いったん戦列を離れ家に戻った者も、仲間を見捨てることが出来ず再び戻ってくる。みんなが苦しんでいるときに自分だけが助かりたくないという思い、市民の素朴な倫理感である。

 早朝と共に軍隊の道庁舎への攻撃が始まる。はじめから勝負は決まっている。市民たちは次々に撃たれ死んでゆく。玉砕である。見ていてつらくなる。

 タクシーの運転手は銃を向けた兵隊に「暴徒」と呼ばれ、愕然とする。民主化運動に参加した弟が軍隊の発砲によって殺された。それに抗議した自分のどこが「暴徒」なのか。それは殺された市民全員の思いだったろう。
 
 監督のキム・ジフンは一九七一年生まれ。子供の頃、テレビのニュースで事件を見た。そして当時の報道を信じて彼らを「暴徒」と思い込んでいたという。

 しかし、事実はそうではなかった。彼らは権力と勇敢に戦った人々だ。だからキム・ジフンにとってこの映画は、彼らへの鎮魂歌になっている。

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