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映画史上、最も熱心に
待ち望まれた作品

トッド・マッカーシー
2008/06/17

●原題:Indiana Jones and the Kingdom of the Crystal Skull/2008年/アメリカ/123分/6月21日(土)より日本公開
●配給:パラマウント映画

 映画史上、もっとも熱心に、もっとも長い間、待ち望まれていたシリーズの最新作が、ついに劇場に届けられた。と言っても、未だ変わらず一級品としての輝きを失わない第1作、1981年の『レイダース 失われた聖櫃<アーク>』のレベルには達しておらず、どちらかと言うと、レベルとしてはムラのある第2作目、第3作目の続きとしての作品どまりになってしまっていることは否定できない。まさに、ビッグバンのように衝撃的な冒頭シーンで幕を開ける本作は、ゆっくりとあくびが出てしまいそうな中間部分に滑り込んでいきながら、躍動感のあるクライマックスに向け、文字通り飛翔していく。彼らの最後の冒険から19年、それでも監督のスティーヴン・スピルバーグ、主演のハリソン・フォードは、これまで、長年に渡り、シリーズを人気ものにしてきた物語やスタイルを駆使して、小気味よくリズムに乗ることに、さほど苦労はなかったようだ。これほど多くの人々の必見映画となる要素を持った作品もなく、もう、うんざりしてしまうほど大きな興行成績と興行寿命を見せ、それが『インディ・ジョーンズ』シリーズDVD4枚組の発売まで、続いてしまいそうな勢いを持っている。

押し殺してきたエネルギーと熱心さを発散するスピルバーグ監督

スティーヴン・スピルバーグ、カンヌ映画祭にて
スティーヴン・スピルバーグ、カンヌ映画祭にて
 これまでもきちんと年代を追ってきたスピルバーグと製作総指揮のジョージ・ルーカスは、前作『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』から、実際に、過ぎ去った年月と同じだけ、本作の設定である1957年まで、冒険物語の時間も経過させた。そのために2人は、どこまでも終わらないのでは、と思えるほどの脚本とストーリー・コンセプトを検討し、物語を冷戦のど真ん中に設定したのだ。“アメリカ合衆国VS.ソビエト連邦”という力学が、まさに一瞬即発のダイナマイトのような冒頭のアクション・シーンを描いていく。ロシア軍の兵士たちは、アメリカ軍に偽装した軍用車に乗って、人里離れた砂漠地帯にある核実験場へと近づいていく。目的は、誰もが欲しがっているものを探すこと。その行動を助けているのが、彼らの捕虜となっているインディ・ジョーンズという具合である。

 このような映画製作にぜひとも戻りたかったという渇望があったにちがいない。それを押し殺してきた年月を物語るようなエネルギーと熱心さを発散しながら、スピルバーグは、ロックン・ロールのリズムに乗ったドラッグレースや、異世界の存在であることを暗示するような伝説の“ハンガー51”に登場人物を入り込ませることで、時代の精神を決め込んでいく。年齢のことを軽いジョークで受け流し、“御歳60いくつ”の我らがヒーローは、それだけの年月と流れてしまった時間を感じさせない活躍を見せる。恐ろしく手ごわいソビエト軍幹部イリーナ・スパルコ(ケイト・ブランシェット)とウィットに富んだ見解を交換し合うと、シリーズ全作品が、これまで見せてくれたものと同じように、大掛かりな舞台装置で繰り広げられるアクションへと突入していく。

登場するだけで観客に特別な楽しみをもたらすブランシェット

ケイト・ブランシェット、カンヌ映画祭にて
ケイト・ブランシェット、カンヌ映画祭にて
 スパルコの役には、インディ・ジョーンズ作品だけでなく、ジェームス・ボンド・シリーズに登場してもよさそうな、狂気とも呼べるほどの知能を持ち、彼女が同等に近いとみなせば、たとえ敵対する相手でも、その真価を認める、そんな価値のある敵役が用意されている。一分の隙も無い灰色の制服、銀色に光る短剣、ルイーズ・ブルックス風の髪型と相手を射抜くような青い瞳、そんなブランシェットは、登場するだけで観客に特別な楽しみをもたらしている。

 冒頭20分のノンストップ・アクションに登場するのは、スピルバーグ映画にお決まりの、型どおりな中流階級の住宅地帯に、目を見張るような変化を加えたもの。本作に出てくるのは、プラスチックの小さな像で埋め尽くされたそれで、50年代のアメリカ人のありきたりな生活様式を揶揄しながら、核実験が行われるのを待っている、という具合である。そこで、インディが考えなければならないのは、どうやって生き延びるのかということなのであるが、そのシーンは、そこで終わらない。それから、そもそも、このインディ・ジョーンズ・シリーズに影響を与えた土曜のマチネの冒険シリーズくらいの長さは続いていくのだ。

卓越したオープニングと、その水準についていけない残り部分

シャイア・ラブーフ、カンヌ映画祭にて
シャイア・ラブーフ、カンヌ映画祭にて
 『プライベート・ライアン』で見せた、卓越したオープニング・シーンのように、本作の叩きつけるような冒頭シーンも、ある高い水準をクリアしてしまっている。それゆえに、映画の残り全体は、その水準についていけないという現象が起きてしまっている。大学に戻ったジョーンズ教授は、学部長(今は亡きデンホルム・エリオットの代わりにジム・ブロードベントが演じている)に停職処分を命じられてしまうのだが、それというのもFBIが彼の愛国心に関して嫌疑をかけているからだというのだ。インディ・ジョーンズが共産党に鞍替え? しかも、彼がスパルコに対して、「アイゼンハワーのことは、気に入っているんだ」と言った後なのに。

 そして、もうひとつ、あの時代のことを象徴的に打ち出しているのが、マット(シャイア・ラブーフ)という若者の存在である。レザージャケットに身を包み、クシと飛び出しナイフを持ち歩くバイカーの彼は、わざとらしい殴り合いのケンカと、緑豊かな大学キャンパス内で長々と繰り広げられるバイク・チェイスに明け暮れる。そんな中、クリスタル・スカルのあり場所をほのめかす証拠を、彼が差し出すことで、壮大な冒険が動き出すという仕掛けなのだ。クリスタル・スカルは、考古学的にすばらしい価値があるだけではなく、超自然的な、もしかしたら異次元のものかもしれないとも言われているものなのである。

おなじみの飛行機移動と、虫がうじゃうじゃの洞窟

 これまでのシリーズ作品でもおなじみの、モンタージュ手法で描かれ、ノスタルジーを誘う飛行機移動を使って、インディとマットはペルーへと向かう。これまたおなじみの、虫がうじゃうじゃはいまわる洞窟での悪ふざけがあって、アクションは一息つくが、インディとマットは、何とかクリスタル・スカルにたどり着く。それは不思議な形をした透明な頭蓋骨なのだが、誰にでもわかるのは、それが人間のものではないということ。やっとのことで手に入れたクリスタル・スカルだが、直後、スパルコに奪われてしまう。彼女は、そのスカルが超自然的な力を持ち、精神的な戦争状態に決定的な役割を果たし、疑いなく冷戦状態を、その時、その場所で終わらせることができると信じている。

 そういったでたらめは、機転と武器による戦いを正当化するために仕組まれているもので、それはまた、ロシア人たちが、さらに2人の捕虜を拉致することで、ペースを上げて進んでいく。その2人の捕虜とは、インディの昔からの仲間であるクリスタル・スカルの専門家、今はボケてしまったオクスリー教授(ジョン・ハート)と、マットの母親で、誰あろう『レイダース 失われたアーク<聖櫃>』でのインディの恋人、そして、やはり彼とともにいることを運命付けられているマリオン・レイヴンウッド(カレン・アレン)であった。

 映画の中盤にあって、これは喜びの再会シーンとなっている。同時に、激しい言い争いになってしまうのだが、脚本上、いささか唐突過ぎやしないかということなのである。2人の共鳴を性格描写にまで染み込ませるためには、互いを認識する時間が、最初のところでもう少し用意されていれば、この再会がもっと重要なものになったかもしれない。

将来、絶対テーマパークの乗り物になるであろうシーン

 しかし、物語はお構いなしに走り始める。ジャングルの中を抜けていくレースでは、善者と悪者が互いの車から車へと飛び乗りを繰り返し、拳、軍刀、マシンガンでの対決があり、猿の群れや飢えた巨大なアリの群れに襲われ、堂々たる滝を3つも真っ逆さまに滑り落ちたりするのだ。最後などは、将来、絶対テーマパークの乗り物になるであろう、そのための予告編を見ているようである。純粋に、アクションのスリルという面で言えば、このシーンは、第1作目に迫るほどである。だが、本作品には、その後がある。ちょっと複雑な思いのする結末なのだが、それによって、インディ・ジョーンズ・シリーズは、かつてないような領域に突入する。ただ、この領域は、スピルバーグとルーカスにとっては、ちょくちょく立ち寄る場所なのである。

 物語を、興奮さめやらぬままに進めるために、費やされた冗漫さがありながら、デイヴィッド・コープの脚本は、2つの基本線から離れていない。ひとつには、物語の構成を実直に、そして狭く保ったこと、そしてもうひとつは、インディ・ジョーンズ自身のキャラクターに忠実であるということだ。この点とフォードの体を張った演技により、インディは観客が覚えている彼のまま、蘇っている。巧妙で有能で、せっかちで男らしく、真っ赤な血の通ったアメリカ人として、である。インディは、歳よりも若く見せようとは決してしていないが、彼の実年齢にしては格好がいい。マットの発した言葉は、究極のほめ言葉であろう。「ご老体にしては、ケンカでもまずくないね」

アレンの人懐っこい笑顔とおてんばな情熱は、『レイダース』のまま

カレン・アレン、カンヌ映画祭にて
カレン・アレン、カンヌ映画祭にて
 アレンもまた、『レイダース 失われた聖櫃<アーク>』の成功には欠かせなかったキャラクターと同じくらい、人をひきつける笑顔とおてんばな情熱をまき散らし、とても美しい。彼女が演じたマリオンは、おそらく、ハワード・ホークス監督作品以外で演じられた、最も素晴らしいホークス的な女性像であろう。ラブーフは、何かと押し付けられがちな登場シーンの後、後半は次第に彼らしさを見せている。一方、ハートやブロードベンドと同じくイギリス出身のレイ・ウィンストンも、情勢の変化によって自分の立ち位置を変える二枚舌の傭兵を演じ、新しく加わった者としての役割を十分に果たしている。

 技術面では、スピルバーグと、このシリーズに向けられる期待にこたえている。監督が大事にする、オリジナルからの主要メンバーである編集者のマイケル・カーンと音楽のジョン・ウィリアムスが、完璧な復活を果たしている。プロダクション・デザインのガイ・ヘンドリクス・ディアスも、クライマックスの舞台となる古代の円形の部屋などで、多くの印象的な創造性を提供している。シリーズ最初の3作は、イギリスの有能な撮影監督ダグラス・スローカムが撮影し、力強くきれいな映像を生み出した。その一方で、最近のスピルバーグ映画の常連である撮影監督ヤヌス・カミンスキーは、その見た目を踏襲、再現することに成功はしているものの、もやのかかったような背景に、彼が得意とするフレアライトを採用することを、あきらめ切れなかったようである。

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