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半超人は跳梁の場を選ぶ

2008/07/05

● 2008年/日本/97分/2008年7月5日から日本公開
● 配給:東映

藤原竜也の不思議な魅力

(C)2008「カメレオン」製作委員会
(C)2008「カメレオン」製作委員会
 97年にフジテレビ水曜劇場枠で放映された「それが答えだ!」という異色の学園ドラマがあって、クラシック界で天才扱いされながら傲慢な性格ゆえにほされていた指揮者を三上博史が好演し、彼が憤慨しながら音楽教師をやるはめになった田舎の学校の生徒たちを、まだ全く無名の藤原竜也深田恭子が演じていた(ちなみに村に一軒だけある喫茶店に勤める元AVギャルのウエイトレスという役がこれまたほとんど無名の藤原紀香であった)。この将来のスターの巣窟のような爽やかな佳篇のドラマで、特に藤原竜也は「この男の子は誰なのだ」と思わせる不思議な魅力をたたえていた。

 本作にやや遅れて98年に同じく水曜劇場枠で放映された「ニュースの女」における滝沢秀明(これが初の本格的なドラマ出演作であった)も然りだが、私はこの当時の少年たちの引力に導かれて毎週見続けることになった。そして、私はその後も舞台で「近代能楽集」の「弱法師」を熱演する藤原竜也に唸らされたり、期待していた『仮面学園』を観てこれがあの期待の星の藤原竜也の映画デビュー作というのは厳しいなあと逆の意味で唸ったりしてきたが、この舞台からあふれ出んほどの激情を発散させる個性を映画でうまく料理するのは確かに難しいという気がした。

藤原のイノセントな激しさや道化的奇矯さを活かせる企画とは……

 最近の若い世代の俳優でこういう大振りで劇的な感情表現ができる、というよりも似合う存在というのはなかなか珍しい(加瀬亮新井浩文のような等身大の脱力型の個性は需要にも供給にも事欠かないと思うが)。だからこそ、この特異な個性を映画にあてはめるのは難しく、たとえば『バトル・ロワイアル』シリーズや『DEATH NOTE デスノート』シリーズのようにかなり劇画的に誇張された世界観を用意しなくてはおさまらないことだろう。つまるところ、藤原竜也はかなり仕事を選ぶことが必要な才能であり、おそらく厳重なる吟味の末に選ばれたであろうくだんのシリーズには、かなり違和感なくはまって見えた。

 ただ欲をいえば、世界観に無理なくおさまるだけでなく、あの藤原のイノセントな激しさや道化的な奇矯さをまるごと活かせるような企画はないのだろうかと思ったのだが、それにはもう原作ものというよりは藤原にアテ書きしたオリジナルシナリオが必要だろう。

 そこで『カメレオン』を観る前の東映の試写室で思ったのは(そこが東映であったせいかもしれないが)、そういえば藤原のように映画で扱うにはかなり深慮を要する劇的で過剰な個性をアテ書きのホンでうまく映画に溶融させた例として、70年代の東映セントラルフィルムの「遊戯」シリーズであったなあということだった。松田優作は名優という枠にはおさまらない怪物だったから、あの個性のはみ出しぶりをあらかじめ映画的に受けて立った脚本の時のみ、映画にとっても松田にとっても幸福な仕上がりが実現されていた。

多面的に藤原の魅力を活かす、監督と脚本の度量とたくらみ

 そんなことをつらつら考えて『カメレオン』を観ているうちに、私はこの作品が藤原竜也の過剰さをうまく溶かしこんで、多面的に彼の魅力を活かしていることに惹かれながら、アウトローの主人公と巨悪との戦いが、ごくごく具体的でありつついくぶん誇張された表現で凝縮して描かれていくさまに妙に既視感を覚え、主人公の周囲に廃工場を根城にした老いぼれ旅芸人一座の詐欺集団がいるという70年代設定や、恋人とともに撃たれて絶対絶命のきわから半超人的に蘇生して爆発的なパワーで組織のど真ん中に襲撃をかける展開のジャンプなどを通過するうちに、これは本当にさっきまで勝手に夢想していた松田優作の「遊戯」シリーズの匂いだと確信するのであった。そして、やはり藤原竜也のような劇的人間を料理するには、松田優作をインターセプトした往年の丸山昇一の脚本にも連なる俳優の象徴的な扱いや虚構性の跳躍が必要なのだなと再確認し、そんな視座で描かれた世界を演出するうえで阪本順治に勝る監督もいないだろうと思った。このカメレオン的な半超人は、ずばり『鉄拳』や『トカレフ』の復讐に燃えるダークヒーローの系譜に連なるキャラクターではないか。


 ——と、これは藤原竜也の個性をようやく骨も髄も活かして料理した快作だと満足して観終えたそばから、遅ればせに「はて、この脚本も丸山昇一だった」と気づき、よくよく聞いてみると実はこれ、30年前の「遊戯」シリーズ絶頂期に丸山昇一が松田優作のために(『殺人遊戯』の代わりを想定して)短期間で書きあげた「カメレオン座の男」という未映画化シナリオだそうではないか。不勉強を恥じ入りつつも、そんな知識がなくても、こうして藤原竜也のためになぜこの眠れるシナリオが掘り起こされたのか、その正当性はひじょうに得心がいった次第である。

 そして『カメレオン』を観た後に、あらためてチェーホフ「かもめ」を鹿賀丈史や麻実れいといった大ベテランに伍して熱演する藤原竜也の舞台に出かけた。私の座るかぶりつきの席の真横、観客の通路に顔をこすりつけて母への愛憎を力演する藤原を間近に見ながら、この強烈な自我が横溢しまくっている激情の人を、今後また『カメレオン』の域まで映画に引っ張り込むためには、かなり監督と脚本の度量とたくらみが求められるであろうと思うのだった。

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