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恋しさとせつなさと心細さと

2007/11/15

●監督・VFX・脚本:山崎貴 エグゼクティブプロデューサー:阿部秀司、奥田誠治 原作:西岸良平 脚本:古沢良太 
●出演:吉岡秀隆堤真一、小雪、堀北真希、もたいまさこ、三浦友和、薬師丸ひろ子●配給:東宝
●2007年11月3日より全国東宝系にて日本公開
(C) 2007「ALWAYS 続・三丁目の夕日」製作委員会

「芥川賞」に「国民的」ケンイがあった時代のおはなし

 今どき、しがない町内の青年が「芥川賞」を獲るかどうかが山場の映画というのは、ちょっと驚きである。現在の若者は「芥川賞」の選考が年二回行われていることももはや知らないだろうし、瞬時話題となった年少受賞者の貢献で「芥川賞」というものの存在くらいは知っている若者も、こんなに国じゅうの人が大騒ぎするケンイのある賞だとは思っていないことだろう。事ほどさように、「ALWAYS」の続篇は、日本橋の上に高速道路はなかったが「芥川賞」には「国民的」ケンイがあった時代のおはなしである。
 そうえいえば、人々の生活パターンや嗜好や消費行動が現在のように凄まじく多様化してしまうと、商品であれ文学であれ映画であれ「国民的」ヒット作というものは成立が難しくなる。人々は個々の好むワールドにそれぞれタコツボ的に沈潜して満足するが、それはどうしても孤独を伴うので、一方で多くの人と同じものを見て笑ったり泣いたりする「国民的」経験がなんだか恋しくもなる。前作「ALWAYS 三丁目の夕日」は、そうやって大衆が「国民的」経験に乏しくなったことをよりどころとして自らは「国民的」ヒット映画になってしまったという逆説的な作品である。

みんななぜそれほどまでに心細く疲れているのか

 今回の続篇では、そういう「国民的」偶像として冒頭に東京を破壊するゴジラが、中盤に『嵐を呼ぶ男』でドラムを唸らせる石原裕次郎が(姿こそ見えないが)引用されるけれども、たとえばその満場の日活の封切館で銀幕の偶像に一斉に魅了されている観客たちの映像そのままに、そういった素朴さに憧れ模倣したい現在の観客たちが、熱心にみんなで本作を支えようとしている。私は、まさに劇中CGでも再現された旧日劇(あれは実にカッコよかった)を前身とする有楽町マリオンの日劇で本作を観ながら、そんなやけに健気な客席の空気感を感じたのであった。その束の間の優しく素朴な「国民的」泣き笑いを求める(そしてそれを成就させようと至って映画に協力的な)観客たちの反応に、私はみんななぜそれほどまでに心細く疲れているのかなとも思ったが。

懐かしく甘美で、心優しく、快適である、
「商品性」の方向にのっとった丁寧な見せ場に富む映画

 しかし、前作にもまして本作は、その「あの頃はよかった」というテーマだけに全てを集約してゆくことに一切ためらいがない。詳しく書くと興ざめになるからよすけれども、前作で種子が蒔かれたあの別離もあの邂逅も、本作でいくばくかの小波瀾にみまわれるものの、まずは観客の期待をはぐらかすような意地悪な展開は待っていない。その都合のよさにさすがに私は抵抗を覚えるものの、一方で山崎貴監督の潔さをあっぱれとも思うのであった。これを今どきの「懐かし」商品以上の何ものかにしようというへたな向上心が芽生えたら、本作はこれでもかとレトロな郷愁を売る「商品」としての迫力を持たないだろう。物語も描写も、すべては懐かしく甘美で、心優しく、快適であり、実際その「商品性」の方向にのっとった丁寧な見せ場に富む映画である。

 私は物語の本線よりも、都電が普通に走りカメラアングルもぐるりと動く(驚くべき)日本橋の再現CG空間でトモエ(薬師丸ひろ子)と昔の恋人らしき山本(上川隆也)が出会うひとときや、トモエが作ったおしゃれなワンピを着ておめかしした六子(このシーンの堀北真希のダサかわいさを拝むだけでも本作を観る価値はあろう)が銀座にお出かけするくだり、宅間医師(三浦友和)の焼き鳥踊りや美加(小池彩夢)が「すきやきは豚肉じゃない」とすねる場面、堤真一扮する鈴木則文(今さらだがスゴい名前だ!)が戦友の牛島(福士誠治)と一献やるところなど、枝葉のいくぶん脱力した逸話が愉快に見られて、どうせ昭和のテーマパークのような映画にするなら、本線のことさら涙腺に訴求しようと力む部分はやめて、こういうお気楽な逸話をつれづれなるままに紡いだほうがいいのに、とさえ思ってしまうのであった。実際、こうした断片的な挿話の数々は、映画が「泣かせ」という「商品性」ですごみ出す流れをのんきにほぐしていて、しばしほっとする。

もっといろいろな映画を観て、
幅広くさまざまな映画の栄養を味わうべき

 とはいえ、巧緻なVFXで描き出された「懐かしい」映像と予定調和の「優しい」物語の掛け算からなる本作は、隅々がなんとはなしに終始不自然であり、それはあたかも人工甘味料がたくさん入った昭和のお菓子という感じである。劇中で六ちゃんたちを湧かせるレトロなシュークリームのように、淋しく疲れた観客がそういう作られすぎの甘い甘いお菓子を時々むしょうにつまんでみたくなるのもわからなくはない。だからこういうお菓子のような映画がたまには存在してもいいと思うのだが、観客はせっかくならこの他にももっといろいろな映画を観て、幅広くさまざまな映画の栄養を味わったほうがいいだろう。と、思わず偏食を叱る昭和のオカンのような気持ちにもさせられるのであった。

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