『風の外側』

(C)2007 ゼロ・ピクチュアズ/K・S・F
●プロデューサー:橋口一成 原作・脚本・監督:奥田瑛二 撮影:石井浩一
●出演/佐々木崇雄、安藤サクラ、石井卓也、加納史敏、久保京子、島田雅彦、安藤和津、かたせ梨乃、江原啓之、綾戸智恵、大友康平、北村一輝、夏木マリ、奥田瑛二
●2007年/日本/123分/12月22日公開 新宿K's cinema、大阪第七藝術劇場ほかにて順次日本公開
●配給/ゼアリズエンタープライズ
●出演/佐々木崇雄、安藤サクラ、石井卓也、加納史敏、久保京子、島田雅彦、安藤和津、かたせ梨乃、江原啓之、綾戸智恵、大友康平、北村一輝、夏木マリ、奥田瑛二
●2007年/日本/123分/12月22日公開 新宿K's cinema、大阪第七藝術劇場ほかにて順次日本公開
●配給/ゼアリズエンタープライズ
最近の若者に珍しい激しさ
最近の日本映画の若者は、低成長時代を反映してか、激しく感情を表に出すことが少なくなっている。みんなクールというか、淡々としている。かつての、青春といえば情熱だった時代と大きく違っている。
しかし、この映画の女学生は激しい感情をぶつけてくる。悲しみや苦しみを素直に表に出す。土砂降りの雨のなか、傘もささず、ずぶぬれになりながら、必死に自分の苦しい悩みを訴える。「べつに」という白けた言葉ばかりが増えている時代に、この女学生の必死さは胸を打つ。いまの日本にも、まだ自分の力ではどうしようもない壁にぶつかり、体当りで苦しんでいる女の子がいる。
しかし、この映画の女学生は激しい感情をぶつけてくる。悲しみや苦しみを素直に表に出す。土砂降りの雨のなか、傘もささず、ずぶぬれになりながら、必死に自分の苦しい悩みを訴える。「べつに」という白けた言葉ばかりが増えている時代に、この女学生の必死さは胸を打つ。いまの日本にも、まだ自分の力ではどうしようもない壁にぶつかり、体当りで苦しんでいる女の子がいる。
舞台は在日韓国朝鮮人が多い町、下関
俳優として活躍、近年は監督に進出し、『少女~an adolescent』(01年)『るにん』(04年)『長い散歩』(06年)と秀作を発表している奥田瑛二の新作。主人公の女学生を演じる新人の安藤サクラは奥田監督の次女。
在日が主題になっている。舞台は山口県の下関。在日が多い町ということは近年、下関出身の佐々部清監督の『チルソクの夏』(03年)と『カーテンコール』(04年)を見ればわかる。日韓の陸上競技部の高校生たちの交流を描いた『チルソクの夏』に見られるように下関は釜山と姉妹都市にある。
在日が主題になっている。舞台は山口県の下関。在日が多い町ということは近年、下関出身の佐々部清監督の『チルソクの夏』(03年)と『カーテンコール』(04年)を見ればわかる。日韓の陸上競技部の高校生たちの交流を描いた『チルソクの夏』に見られるように下関は釜山と姉妹都市にある。
わずかな「へだたり」が若い二人を切り裂く
対岸の門司(福岡県)から船で下関(山口県)の名門女子高に通う女学生の真理子(安藤サクラ)は、ひょんなことからチンピラ(佐々木崇雄)と知り合い、親しくなる。
お嬢さまとチンピラ。往年の名作、吉永小百合、浜田光夫の『泥だらけの純情』(63年、中平康監督)を思わせる設定。
二人は住む世界がまったく違う。
チンピラの方は、お嬢さまが「名前を教えて」といくら聞いても教えない。やがて分ってくる。このチンピラは在日の三世であることが。
女学生の安藤サクラがチンピラの佐々木崇雄に、土砂降りの雨のなか必死に「名前を教えて」というのは、実は「在日の悲しみ」を共有したいという必死の思いがあったからだった、と分ってくる。
お嬢さまの女学生も、父親(奥田瑛二)が実は在日だったのである。その事実が分る場面は、観客として驚かされるが、そこはくわしく書くのは控えよう。
お嬢さまとチンピラ。在日と日本人。同じ在日でも成功した者と下積みでいる者。この映画は「へだたり」の物語である。そして、「へだたり」が、門司と下関を結ぶ小型連絡船、さらに、お嬢さまが通う坂の上の女学校と、チンピラが住む坂の下の在日が住む一画と地形的に、映像的にうまく描かれている。
チンピラはやくざの兄貴分(北村一輝)からいわれた仕事で、人殺しの仕事を請負う。なんとその殺しの標的は、親しくなったお嬢さま女学生の父親。そこから「ロミオとジュリエット」的状況になる恋人たちのつらさがまた下関の坂と海によって巧みに描かれてゆく。ロケの効果が大きい。
下関に住むチンピラと対岸の門司に住む女学生。この関門海峡には現在、トンネルが通じているが歩いてみるとわずか十五分ほど。そのわずかな「へだたり」が若い二人を切り裂く悲劇を生んでゆく。
下関という海峡の町、「へだたり」の町を舞台にした秀作。
お嬢さまとチンピラ。往年の名作、吉永小百合、浜田光夫の『泥だらけの純情』(63年、中平康監督)を思わせる設定。
二人は住む世界がまったく違う。
チンピラの方は、お嬢さまが「名前を教えて」といくら聞いても教えない。やがて分ってくる。このチンピラは在日の三世であることが。
女学生の安藤サクラがチンピラの佐々木崇雄に、土砂降りの雨のなか必死に「名前を教えて」というのは、実は「在日の悲しみ」を共有したいという必死の思いがあったからだった、と分ってくる。
お嬢さまの女学生も、父親(奥田瑛二)が実は在日だったのである。その事実が分る場面は、観客として驚かされるが、そこはくわしく書くのは控えよう。
お嬢さまとチンピラ。在日と日本人。同じ在日でも成功した者と下積みでいる者。この映画は「へだたり」の物語である。そして、「へだたり」が、門司と下関を結ぶ小型連絡船、さらに、お嬢さまが通う坂の上の女学校と、チンピラが住む坂の下の在日が住む一画と地形的に、映像的にうまく描かれている。
チンピラはやくざの兄貴分(北村一輝)からいわれた仕事で、人殺しの仕事を請負う。なんとその殺しの標的は、親しくなったお嬢さま女学生の父親。そこから「ロミオとジュリエット」的状況になる恋人たちのつらさがまた下関の坂と海によって巧みに描かれてゆく。ロケの効果が大きい。
下関に住むチンピラと対岸の門司に住む女学生。この関門海峡には現在、トンネルが通じているが歩いてみるとわずか十五分ほど。そのわずかな「へだたり」が若い二人を切り裂く悲劇を生んでゆく。
下関という海峡の町、「へだたり」の町を舞台にした秀作。

































