『ノーカントリー』

(c)2007 Paramount Vantage, A PARAMOUNT PICTURES company. All Rights Reserved.
●製作:スコット・ルーディン、イーサン・コーエン、ジョエル・コーエン 製作総指揮:ロバート・グラフ 監督:イーサン・コーエン、ジョエル・コーエン 脚本:イーサン・コーエン、ジョエル・コーエン 原作:コーマック・マッカーシー(「血と暴力の国」)
●出演:トミー・リー・ジョーンズ、ハビエル・バルデム、ジョシュ・ブローリン、ウディ・ハレルソン、ケリー・マクドナルド、ギャレット・ディラハント、テス・ハーパー、パリー・コービン、スティーヴン・ルート、ロジャー・ボイス、ベス・グラント、アナ・リーダー
●2007年/アメリカ/122分/3月15日(土)日比谷シャンテシネほか全国にて日本公開
●配給:パラマウント/ショウゲート
●出演:トミー・リー・ジョーンズ、ハビエル・バルデム、ジョシュ・ブローリン、ウディ・ハレルソン、ケリー・マクドナルド、ギャレット・ディラハント、テス・ハーパー、パリー・コービン、スティーヴン・ルート、ロジャー・ボイス、ベス・グラント、アナ・リーダー
●2007年/アメリカ/122分/3月15日(土)日比谷シャンテシネほか全国にて日本公開
●配給:パラマウント/ショウゲート
全編に貫かれる、痛いほどピリピリした犯罪映画スピリッツ。その縦糸に絡みつく、哀愁、アメリカ南部特有の人生哲学、そして飽くまでも暗く陰鬱なユーモア。映画『ノーカントリー』がたどり着いたのは、原作となる小説と映画製作の才の高度な融合であり、コーマック・マッカーシーの、無駄がなく才気に溢れる原作小説がコーエン兄弟の手に渡ったことで千金の値を生み出したと言える。コーエン兄弟は、原作に元々備わっている映画的価値観を損なうことなく、かといって盲従的にならず、彼ら独自のタッチを加えた、きびきびとした編集手法で、原作にしっかりと敬意を払いながら映画化を手がけている。そうして出来上がった作品は、おそらく彼らの作品群の中でも飛びぬけた存在、最高の一作に数えられるものとなっている。犯罪映画史上に残る名作となり、人々から絶賛を受けることは間違いないだろう。劇場公開時には、しっかりした興行成績を残す可能性も大いにありえるだろう。
現代の西部アメリカの横顔をくっきりと描く
1980年に設定された物語の骨子は、失敗に終わった麻薬取引とたまたまその場所に居合わせた男がやばい現金と知りつつ持ち逃げしようとしたことから受ける過酷なまでの報い、というよくありがちなもの。しかし、テキサスの方言を駆使した話法は物語にあえぐようなスピード感と卓越した簡潔さをもたらし、原作者マッカーシーの手によって構築された急速に変わりゆく西部アメリカの横顔がくっきりと描き出されている。この時代に噴出している暴力に比べれば、19世紀西部の名残りなど、完全に色褪せてしまう。
一方、本作の脚本、監督に共同で名を連ねるジョエルとイーサンのコーエン兄弟のことで言えば、ここ何作かの不調を吹き飛ばし、彼ららしさが全開しているといえる。いつもの彼ららしいウィットと非の打ちどころのない職人気質を見せつけながら、作品には活力と1970年代アメリカの映画作りにおける一級品の創意工夫が満ち溢れている。昨今ではめったに見られない成果と言っていい。また、本作は思い出す限り最も独創性に溢れ、記憶に残るであろう敵役を配している。観客を魅了することは確かであるし、特にハビエル・バルデムが不敵に演じているとなればなおさらだろう。
一方、本作の脚本、監督に共同で名を連ねるジョエルとイーサンのコーエン兄弟のことで言えば、ここ何作かの不調を吹き飛ばし、彼ららしさが全開しているといえる。いつもの彼ららしいウィットと非の打ちどころのない職人気質を見せつけながら、作品には活力と1970年代アメリカの映画作りにおける一級品の創意工夫が満ち溢れている。昨今ではめったに見られない成果と言っていい。また、本作は思い出す限り最も独創性に溢れ、記憶に残るであろう敵役を配している。観客を魅了することは確かであるし、特にハビエル・バルデムが不敵に演じているとなればなおさらだろう。
衝撃的な映像の連続での幕開け
舞台はゴツゴツした岩だらけの乾燥しきったウエスト・テキサス(実際の撮影地はニュー・メキシコ)。並び立つ麦の穂が数万通りに変化する光に映るさま。そんな象徴的なトーンでロジャー・ディーキンスが撮影を行った冒険物語は、衝撃的なカットの連続で幕を開ける。ある犯罪容疑者(バルデム)が、逮捕しようとした警察官を逆に押さえつけ、手錠で身動きが取れないようにする。彼はその手に牛用のスタンガンを持ち、運転手を殺害。その頃、人里はなれた場所で狩りをしていたルウェリン・モス(ジョシュ・ブローリン)は、停まっている5台のトラックに出くわす。その周りには、銃弾の打ち込まれた数体の死体、多量の麻薬が転がり、ブリーフケースの中には200万ドルの現金が。モスは、思わずその金を持ち逃げしてしまう。その夜、現場に戻ったモスを狙う、誰が撃ったのかわからない銃弾。その上、凶暴な犬が彼に襲い掛かり、彼は近隣の川まで追い込まれるが、やっとのことで現場から逃げ出すことに成功する。
この追跡物語の主要人物は、地元郡保安官エド・トム・ベル(トミー・リー・ジョーンズ)を中心にして配置されている。エド・トム・ベルは犯罪現場に馬にまたがって乗り付けるような男で、テキパキした命令ですぐさま容疑者のモスにたどり着く。しかし、先回りをしたのは、バルデム扮するアントン・シュガー。彼は現金の入ったカバンに仕掛けておいた発信装置の信号を頼りにモスを追い詰める。地元モーテルの空調ダクトの中にカバンを隠したモスは、発信装置のことなど露ほども疑っていない。
この追跡物語の主要人物は、地元郡保安官エド・トム・ベル(トミー・リー・ジョーンズ)を中心にして配置されている。エド・トム・ベルは犯罪現場に馬にまたがって乗り付けるような男で、テキパキした命令ですぐさま容疑者のモスにたどり着く。しかし、先回りをしたのは、バルデム扮するアントン・シュガー。彼は現金の入ったカバンに仕掛けておいた発信装置の信号を頼りにモスを追い詰める。地元モーテルの空調ダクトの中にカバンを隠したモスは、発信装置のことなど露ほども疑っていない。
眼前を横切る者すべてを獲物と考える殺し屋
シュガーの行くところ、必ず死が訪れる。そうでないと決めるのも、彼なのだ。根っからのプロの殺し屋、明快で回りくどい話を一切しない男は、目の前を横切る全ての人間が彼の獲物だと考えているのである。彼に出会うことが運命付けられているとしても、彼はただ、いままさに彼の手にかからんとしている人物に、時間が来たと告げるだけなのである。「そんなことをしなくても…」と、何も知らない犠牲者は何とか彼に食い下がろうとするのだが、彼の殺しの本能は、そんなことに一切耳を貸さない。時として、彼は人の運命をコイントスで決めたりもする。映画が始まってすぐの古いガソリンスタンドでのシーンだが、緊張感が走る中、神経をイラっとさせるようなユーモアに飾られた名シーンである。
限りなく抑制されたセリフのほかは、静けさが本作を支配する。広大な西部の虚無感を募らせるのは風の吹く音だけであり、そこに異常なまでにサスペンス色の強い家の中のシーンが挟みこまれる。代表的なシーンは、モスが地元の古いモーテルの一室でシュガーの追跡を待つというもの。極めてヒッチコック的な演出が光る、このシーンでモスは、彼の部屋のドアに近づこうとするハンターの静かな足音に聞き耳を立て、じっと部屋の中で彼を待つのである。
限りなく抑制されたセリフのほかは、静けさが本作を支配する。広大な西部の虚無感を募らせるのは風の吹く音だけであり、そこに異常なまでにサスペンス色の強い家の中のシーンが挟みこまれる。代表的なシーンは、モスが地元の古いモーテルの一室でシュガーの追跡を待つというもの。極めてヒッチコック的な演出が光る、このシーンでモスは、彼の部屋のドアに近づこうとするハンターの静かな足音に聞き耳を立て、じっと部屋の中で彼を待つのである。
先の読めないショッキングなストーリーテリング
それにしても、たった三人の男が、美しくも獰猛な大地を背景に互いを追い合うという筋書きにアクションシーンが集約されていることを考えると、これだけの大量虐殺が結果として起きてしまうことは驚きである。いるべきでないモーテルの一室に、いるべきでない時にいてしまったがためにシュガーに処理されてしまう三人の男、そしていままさに銃の引き金を引こうとするシュガーとモスの間に現れるというへまを侵した自信過剰の麻薬仲買人であり、消えてしまった現金の元々の持ち主(ウディ・ハレルソン)。この物語のすごいところは、そうして登場する人々が麻薬密売や社会的な道徳観の崩壊など、これは前にも述べたが、そういったものの組み合わせで発生する新しい暴力を本質的に描き出す物語の中で、単に犠牲者になるだけでは終わらないというところなのだ。
物語が進んでいく手法も実にショッキングで、先を読むことはほぼ不可能に近い。ベストセラーでもある原作を読んでいない観客は、スクリーン上で繰り広げられる状況に心奪われ、次の瞬間に起こる惨劇から目を背けたいと思ったりもするだろう。原作を読んだことのある観客たちでも、すばらしい原作小説が、これほどまでの知性で構築された媒体に姿を変えているさまに目を奪われるだろう。たとえそれが今回限りのことだとしてもである。
物語が進んでいく手法も実にショッキングで、先を読むことはほぼ不可能に近い。ベストセラーでもある原作を読んでいない観客は、スクリーン上で繰り広げられる状況に心奪われ、次の瞬間に起こる惨劇から目を背けたいと思ったりもするだろう。原作を読んだことのある観客たちでも、すばらしい原作小説が、これほどまでの知性で構築された媒体に姿を変えているさまに目を奪われるだろう。たとえそれが今回限りのことだとしてもである。
徹底的なユーモアのなさが生むユーモアの面白み
コーエン兄弟は、物語の最初から不吉なことが起こる感覚を積み上げることに成功している。それも重苦しくなったり、大げさになったりせずにやり遂げている。もちろん、彼らはこれまでにも犯罪映画を作っている。兄弟の最初の作品『ブラッド・シンプル』、その作品の厳格さがたぶん本作のトーンを形作っているのだろう。『ミラーズ・クロッシング』、『ファーゴ』といった代表作にも重なる部分もある。コーエン兄弟が時間のことを気にして、原作にはある辛らつな登場人物をひとり排除してしまったり、ベルの哲学的考察をばっさりと切り捨てたり、エンディングが過度に急ぎ足になってしまったりということはあるが、監督である彼らは原作者マッカーシーが盛り込んだ厳格なテーマ、彼が描いた登場人物たちの全体性、そして原作者の本質的な意図を十分尊重していると言える。
監督二人は、笑いをとることも忘れていない。最もそのほとんどが、もっともらしからぬ人物、冷血なシュガーから発生しているのも面白い。作品の冒頭から、バルデムは有無を言わせぬ存在感を見せつけている。時間を聞かれたなと思った次の瞬間には殺されているといった具合なので始末に悪い。彼との会話には、一切の言い逃れもたわごとも許されない。しかし、バルデムと監督二人がシュガーの面白みの源泉として使ったのは、まさにこのシュガーの徹底的なユーモアのなさなのである。バルデムもまた、このアプローチに悪魔のように狡猾な演技で応えている。
監督二人は、笑いをとることも忘れていない。最もそのほとんどが、もっともらしからぬ人物、冷血なシュガーから発生しているのも面白い。作品の冒頭から、バルデムは有無を言わせぬ存在感を見せつけている。時間を聞かれたなと思った次の瞬間には殺されているといった具合なので始末に悪い。彼との会話には、一切の言い逃れもたわごとも許されない。しかし、バルデムと監督二人がシュガーの面白みの源泉として使ったのは、まさにこのシュガーの徹底的なユーモアのなさなのである。バルデムもまた、このアプローチに悪魔のように狡猾な演技で応えている。
この役のために生まれてきたようなジョーンズ、 そしてブローリンは若き日のニック・ノルティを彷彿とさせる名演
トミー・リー・ジョーンズは正に、コーマック・マッカーシーが作り出す役柄を演じるために生まれてきたと言い切ってよいほどのはまり役で、取り巻く状況に、そしてこれから起こるであろうことに愕然とする、誇り高きベテラン保安官を抜群の演技で演じきっている。ジョシュ・ブローリンも、これまでテレビや粗悪な作品への出演が多くぱっとしなかったが、今回の作品では有名どころに一歩も引けをとらず、命がけのゲームから生還すべく大物たちを出し抜こうとする普通の男を演じ、若き日のニック・ノルティのような感じをうまく出している。
スコットランド出身の女優ケリー・マクドナルドも、モスの田舎の女房役を力強く演じている。また、その他の脇役陣、ハレルソンや彼の雇い主役のスティーヴン・ルート、ベルに同情する保安官役のロジャー・ボイス、ベルの気難しく年老いた叔父を演じるバリー・コービン、プールサイドでモスに言い寄る身持ちの悪そうな女を演じるアナ・リーダー、そしてシュガーに運命をゆだねてしまう老人を演じるジーン・ジョーンズなども美味しいところを持っていっている。
ディーキンスが捉える風景、正確なフレーミング、そしてそれを支えるジェス・ゴンコールのプロダクション・デザイン、いつものようにローデリック・ジェインズという変名で編集をこなすコーエン兄弟、そこに加わるカーター・バーウェルの控えめな劇版音楽と抜群のサウンドワーク、これら全てが『ノーカントリー』を視覚的にも聴覚的にも総合的に楽しめる作品としている。
スコットランド出身の女優ケリー・マクドナルドも、モスの田舎の女房役を力強く演じている。また、その他の脇役陣、ハレルソンや彼の雇い主役のスティーヴン・ルート、ベルに同情する保安官役のロジャー・ボイス、ベルの気難しく年老いた叔父を演じるバリー・コービン、プールサイドでモスに言い寄る身持ちの悪そうな女を演じるアナ・リーダー、そしてシュガーに運命をゆだねてしまう老人を演じるジーン・ジョーンズなども美味しいところを持っていっている。
ディーキンスが捉える風景、正確なフレーミング、そしてそれを支えるジェス・ゴンコールのプロダクション・デザイン、いつものようにローデリック・ジェインズという変名で編集をこなすコーエン兄弟、そこに加わるカーター・バーウェルの控えめな劇版音楽と抜群のサウンドワーク、これら全てが『ノーカントリー』を視覚的にも聴覚的にも総合的に楽しめる作品としている。











































