『フィクサー』
●監督・脚本:トニー・ギルロイ 製作:シドニー・ポラック、スティーヴン・サミュエルズ、ジェニファー・フォックス、ケリー・オレント 製作総指揮:スティーヴン・ソダーバーグ、ジョージ・クルーニー、ジェームズ・ホルト、アンソニー・ミンゲラ
●出演:ジョージ・クルーニー、トム・ウィルキンソン、ティルダ・スウィントン、シドニー・ポラック、マイケル・オキーフ
●2007年/アメリカ/120分/4月12日(土)みゆき座ほか全国TOHO系にて日本公開
●配給:ムービーアイ
●出演:ジョージ・クルーニー、トム・ウィルキンソン、ティルダ・スウィントン、シドニー・ポラック、マイケル・オキーフ
●2007年/アメリカ/120分/4月12日(土)みゆき座ほか全国TOHO系にて日本公開
●配給:ムービーアイ
簡潔かつゆったりとした手法。脚本家トニー・ギルロイの監督デビュー作となった本作は、実態の見えない利益追求型の大企業が一般の人々の生活を侵食していく様子を、確実なストーリー展開と迫力ある演技で浮き彫りにしていく。ペース配分を度外視してまでも脚本に忠実なギルロイの姿勢は、早い段階に多くの事実が散りばめられる、昔の映画スタイルに逆戻りした感覚を与える。近年ジョージ・クルーニーが選んでいる作品を、『シリアナ』のように深刻な社会派インディペンデント映画と『オーシャンズ』シリーズのような人気メジャー作品の2種類に分類するとすれば、本作は間違いなく前者。上品ながら、余分なサービスやスリルのない、マーケティング担当泣かせの「スリラー」なのだ。
売れっ子脚本家ギルロイの監督デビュー作を、クルーニーがバックアップ
『ボーン・アイデンティティー』3部作で、前2作の脚本を担当、3本目も共同脚本として携わったギルロイ。監督デビューにあたり、作品タイトルそのものでもある主演キャラクター(原題は「マイケル・クレイトン」)に、クルーニーを配することができたことで、まずは安心材料を得たのだろう(クルーニー自身、共演のシドニー・ポラックも名を連ねる8人のプロデューサー陣の1人でもある)。ニューヨークにある巨大なケナー・バフ・レディーン法律事務所の「フィクサー」であるマイケル・クレイトンは、同僚が「奇跡を起こす人」と呼ぶほどのやり手でありながら、人生に投げやりな様子で自分自身を「清掃作業員」と表現する。
利益追求型の大企業と闘う1人の男の倫理基準とは
新しいビジネスに手を出し、財政的なトラブルに見舞われるマイケルは、一方で、法律事務所の優秀な訴訟者アーサー(怪演が光るトム・ウィルキンソン)の後始末をする任務を課せられる。数十億ドル規模の集団訴訟に挑む多国籍複合企業ユー・ノース社を弁護していた立場のアーサーは、供述調書を作成中に精神を病み、手がつけられなくなってしまったのだ。重要な企業合併を目論んでいる法律事務所の経営者(ポラック)としては、波風を立てずに事を収めたいタイミングであった。
徐々に、アーサーの狂気沙汰の原因が、彼が調べ上げた集団訴訟の実態にあることを感じとるマイケルは、大企業ユー・ノース社の不正行為の明白な証拠をつかんでいく。その裏でパニックに陥るユー・ノース社の主任顧問(ティルダ・スウィントン)。数々の疑惑とその解決方法の行方は、マイケルの倫理基準にかかっていた。
徐々に、アーサーの狂気沙汰の原因が、彼が調べ上げた集団訴訟の実態にあることを感じとるマイケルは、大企業ユー・ノース社の不正行為の明白な証拠をつかんでいく。その裏でパニックに陥るユー・ノース社の主任顧問(ティルダ・スウィントン)。数々の疑惑とその解決方法の行方は、マイケルの倫理基準にかかっていた。
善悪の境界線があいまいなグレーゾーンを描く新鮮な社会映画
4日間の出来事の大半をフラッシュバックを通して振り返るため、比較的単純なこの設定も、どこか混沌としていて、前半はストーリーを追うのが困難なほど。やがて、焦点は『パララックス・ビュー』や『チャイナ・シンドローム』のような1970年代スリラーで描かれてきた「巨大企業を信用するな」といった馴染みの定義に落ち着いていく。こうした歴史的なパラレルは、ちょうどベトナム戦争時の社会不信がイラク戦争へと形を変えていったように、大企業の不正が繰り返されていく様を、当り前のように見せつけていく。
70年代の作品群で描かれていた利害関係の方がダイナミックではある。本作で不確かなのは、ユー・ノース社の関係者が自分たちの利益を守るために、どこまで悪に手を染めるのかということだけでなく、マイケルのような皮肉屋が、こうした状況下でどのような手段に出るのかというポイントである。(おかしな偶然だが、数十億ドル規模の民事訴訟を扱いながら、フラッシュバックによって、その概要が明かされる点で、本作はFXネットワークのドラマ“Damages”を彷彿とさせる。)
善悪の線引きをはっきりさせず、より現実に近いグレーゾーンを描いていることで、派手な展開を欠いているのだが、ある意味、それが新鮮でもある。こうしたトーンを、ロバート・エルスウィットの撮影とジェームズ・ニュートン・ハワードの控えめな音楽がうまく彩っている。さらに、いつもより華やかさに欠ける役柄ながら、口数少なく、動じることない冷静なタイプであるクルーニーと、崖っぷちでじたばたしている極端な役柄のウィルキンソンのコントラストは見応えがある。
残念なところは、主要でないストーリーの部分。特に、「イラついた兄」と「シングル・ファーザー」としてのマイケルの家族内での位置づけが前半に集中して描かれるが、この話はどこへ繋がるでもなく、また、その結果、重要な疑問を残していても、それは最後まで意図的に明かされない。
長所の数と同じぐらい、不安要素もある『フィクサー』。配給会社のマーケティング部門を待ち受けるイバラの道には、本物のフィクサーの手ほどきが必要かもしれない。
70年代の作品群で描かれていた利害関係の方がダイナミックではある。本作で不確かなのは、ユー・ノース社の関係者が自分たちの利益を守るために、どこまで悪に手を染めるのかということだけでなく、マイケルのような皮肉屋が、こうした状況下でどのような手段に出るのかというポイントである。(おかしな偶然だが、数十億ドル規模の民事訴訟を扱いながら、フラッシュバックによって、その概要が明かされる点で、本作はFXネットワークのドラマ“Damages”を彷彿とさせる。)
善悪の線引きをはっきりさせず、より現実に近いグレーゾーンを描いていることで、派手な展開を欠いているのだが、ある意味、それが新鮮でもある。こうしたトーンを、ロバート・エルスウィットの撮影とジェームズ・ニュートン・ハワードの控えめな音楽がうまく彩っている。さらに、いつもより華やかさに欠ける役柄ながら、口数少なく、動じることない冷静なタイプであるクルーニーと、崖っぷちでじたばたしている極端な役柄のウィルキンソンのコントラストは見応えがある。
残念なところは、主要でないストーリーの部分。特に、「イラついた兄」と「シングル・ファーザー」としてのマイケルの家族内での位置づけが前半に集中して描かれるが、この話はどこへ繋がるでもなく、また、その結果、重要な疑問を残していても、それは最後まで意図的に明かされない。
長所の数と同じぐらい、不安要素もある『フィクサー』。配給会社のマーケティング部門を待ち受けるイバラの道には、本物のフィクサーの手ほどきが必要かもしれない。











































