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俳優の演技は完璧ながら、大した流血もなくメロドラマに終始

デレック・エリー
2008/03/01

●製作:ビル・コン、アン・リー、ジェームス・シェイマス 製作総指揮:レン・ゾングラン、ダレン・ショー 共同製作:ドリス・ツェー、デイヴィッド・リー 監督:アン・リー 脚色:ワン・フイ・リン、ジェームス・シェイマス 原作:アイリーン・チャン(「ラスト、コーション 色・戒」)
●出演:トニー・レオンタン・ウェイ、ジョアン・チェン、ワン・リーホン、トゥオ・ツォンファ、チュウ・チーイン
●2007年/アメリカ=中国=台湾=香港合作/158分/2月2日(土)日本公開
●配給:ワイズポリシー

アン・リー監督ならではの
感情を深いところで揺さぶる流れを欠き

 ドラマ性というジュースから、警戒(コーション)ばかりを搾り取り、情熱(ラスト)を抽出することができなかった。アン・リーの監督最新作『ラスト、コーション』は、2時間半の時代物ドラマ。長い割には、見返りは相対的に少ないものになってしまっている。故アイリーン・チャンの短編を脚色しているこの作品は、抗日運動に身を投じた女学生が、日本軍占領下の上海で、祖国を裏切る中国人高官を暗殺する作戦に、自らの身体を投げ打って囮(おとり)となる姿を描いた物語だが、俳優の演技は完璧ながら、大した流血騒ぎもないメロドラマに始終してしまっている。ドラマのエンジンがかかってくるまでに映画の冒頭から一時間半もかかってしまっては何をか言わんやである。

 官能的なベッドシーンがあるために(最終幕で)、アメリカではNC-17指定になってしまい、限定館数での公開となった。しかし中国語の映画、かつ女性のヘアヌードが入っていることでの公開のしづらさ以上に、本作品はアン・リー監督の『ブロークバック・マウンテン』やそのほかの珠玉の作品にある、深いところで感情を揺さぶる流れに欠けるのが気になる。西欧諸国における興行成績は、初動の大宣伝が終わってしまった後は、中程度のものになるだろう。

4年の時を経て関係を絡めあう
政府高官と若く美しい女性

 物語は1942年、日本軍占領下の上海、傀儡政府側の特務機関の主任をつとめるイー(香港を代表する俳優トニー・レオン)とその妻(ジョアン・チェン)の家で始まる。卓越しにゴシップを交換し合うイー夫人の麻雀仲間の一人に、年の若いマイ夫人(タン・ウェイ)がいる。ごく最近まで香港にいたビジネスマンの妻で、広東人と上海人を両親に持つという。

 イーが仕事から戻り、麻雀卓の側を通り過ぎる。心のうちを明かすような行為は一切しないが、イーとマイ夫人の関係が、ただならぬものであることは明白である。直後、マイ夫人はクァン・ユイミン(アメリカ生まれのポップスター、ワン・リーホンが演じている)という男性に、周りに分からぬよう暗号化された電話をかける。

 ほぼその全てが麻雀卓を囲んでの無駄話に始終する、この15分にも渡る長い導入部分に続き、物語は時間を4年分さかのぼり、香港での出来事に移っていく。そこで、マイ夫人の正体が明かされるのである。彼女の本当の名前はワン・チアチーといい、イギリスに亡命するために香港に家族と共に逃げ来ていた。当時、彼女は未だ大学一年生であった。想いを寄せるライ・シューチン(チュウ・チーイン)に感化され、ワン・チアチーは活動資金を得るために演劇を上演する抗日派グループに参加し始める。

若き婦人の正体は抗日派のスパイ

 抗日派グループのリーダー、クァンは傀儡政府特務機関の高官が人材確保のために香港入りしていることを耳にする。クァンは、ワンをマイ夫人という架空の人物に仕立て上げ、イー夫人の信頼を勝ち取り、夫婦に接近させようという計画を立てる。しかし、イー夫人の冷徹で狡猾な夫は、ワンに心惹かれながらも、尻尾をつかませるようなことはしない。

 物語は1941年に移っていく。導入部分の時制から見ると、その1年前、イーとワンとの攻防、第二ラウンドということになる。ワンは、マイ夫人の役を演じるために再び抗日グループに雇われることになる。このときの2人の関係は、極めて激しいものである。凶暴な欲望が首をもたげ、ときとして片方が、またあるときは双方が、各々が持っている戒めを放り出してしまうのかと思わせる。

ベッドシーンは刺激的——
だが、緊張感や危機感に欠ける2人の関係描写

 トニー・レオンと、そして新人であるタン・ウェイの関係は、ある程度、刺激的なものにはなっている。特にベッドシーンでは、それが顕著で、中国映画の水準からすれば、かなり大胆なものと言える(中国本土では、刺激を抑えたバージョンが公開されることになっていると報告されている)。タン・ウェイの演じる役は、原作であるアイリーン・チャンの短編小説のものよりも、ずっとカリスマ性も増し、魅力的にも描かれている。しかし映画全体となると、2人は会話をはさんで、着かず離れずするだけで、そこにはぴりぴりとした雰囲気も、押さえ込まれた感情も見えてこない。そしてこれは極めて重要なことだが、この追いかけっこの中、本当の意味での危険にワンが近づいているという感覚がまったく感じられない。

 ぞっとするような瞬間(脅迫を繰り返す裏切り者をめった刺しにするシーンなど)や、可愛げのあるおかしなシーン(抗日運動にまい進するために、ワンが処女を捨てるシーンなど)も盛り込まれ、作品のトーンに変化をつけようとはしているが、根本的なドラマを高めるような域には達していない。

存在感のあるタン、
計算高さは表現されているが深みに欠けるレオン

 戦時下の上海ということで言えば、チャン・ツィイー主演、ロウ・イエ監督作品の『パープル・バタフライ』のほうが、より現実的に描かれていたと言える。抗日派と傀儡政権側の駆け引きも数段激しい(特務機関の一員であるイーの仕事には、尋問や拷問もあるはずだが、本作品では描かれていない)。アン・リーが作り上げた40年代の上海は、完璧に作りこまれているものの、ありきたりで何度も使われた屋外セットであることが伺えてしまう。一方、当時の香港を再現した場面、これは多くがマレーシアで撮影されたものだが、そちらの方は、より独特な風合いに溢れている。

 北京の中央戯劇学院の監督コースを卒業したタンは、過去いくつかのテレビシリーズを経験しただけにしては、香港映画界のベテラン、トニー・レオンを相手に、自分を見失わず、存在感を見せている。レオンは、彼の役柄の持つ冷徹で計算高いところをうまく演じてはいるものの、深みに欠ける。同じくベテランのジョアン・チェンは麻雀卓周りの演技以外に、なかなか出番のチャンスを与えられておらず、抗日派リーダー役のワン・リーホンの演技は個性がなく、まずまずといったところ。

 アレクサンドル・デスプラの音楽は、この作品に欠けている感情やドラマ性をいくぶんか注入しているものの、その一方、撮影監督ロドリゴ・プリエトのレンズには、『バベル』『アレキサンダー』、リーの前作『ブロークバック・マウンテン』で見せた多様性や雰囲気がなく、精彩に欠けている。

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