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病葉のように生気は途絶えて

2008/03/10

©2007白川道/幻冬舎/サテライト
©2007白川道/幻冬舎/サテライト
●監督:亀井亨 プロデューサー:山本芳久 企画:佐藤博彦、山本ほうゆう 原作:白川道 脚本:宇治田隆史 撮影:中尾正人 照明:白石宏明 美術:山本昭夫
●出演:村上淳吉野紗香、田中哲司、坂井真紀、岸本祐二、出合正幸、今宿麻美、池内博之、菅田俊、洞口依子、綾部俊樹
●2007年/日本/カラー/120分/2月16日から日本公開
●配給/メディア・ワークス

原作の感触とあまりに異質な映画版

 白川道の原作は映画やテレビの作り手を触発するようで、映画でいえば「海は涸いていた」を原作とする根岸吉太郎の『絆』、ドラマでいえば鶴橋康夫監督の「天国への階段」、佐藤純彌監督の「イヴの贈り物」など、いずれも掛け値なしの傑作かどうかはともかく、それぞれ異色の面白さをもった作品となっている。そして今回、「病葉流れて」が新鋭の亀井亨監督によって映画化されたというので、また私はユニークな作品の誕生を待望した。

 私は原作に縛られることなく映画固有の表現を注視しようと決めているので、あえて映画化作品の原作は読まないようにしており(原作がよく出来ていようがいまいがそれを原基として生まれた映画が独自によく出来ていればそれでいいと思うゆえ)、今回もそのような流れで作品を観たのだが、しかしその後、私は首を傾げながら原作に目を通さないわけにはいかなかった。というのは、私は「病葉流れて」の原作を全巻通読したことこそなかったが、週刊誌連載時にほんの少しは読んでいて、その際の感触をわずかに覚えていたのだが、映画版が徹頭徹尾その感触とあまりに異質だったからである。

原作通りである必要はないのだが……

 映画版は確かに原作同様、60年代の学生運動たけなわな時代に大学に入学した主人公がひたすら麻雀にのめってオトナの裏街道をのぞきみながら成長してゆく物語ではある。だが、おそらくは限られた予算のなかでロケセットから現在の空気を払拭する意味もあって採用されているに違いないモノトーン的な映像が、まず余りにもがさがさした息遣いを欠いていて、逆に無菌的にスタイリッシュでさえある。そこから規定される俳優たちの演技も、なにを気取っているのかと思わせるほどによそよそしく、激しさがない。はて「病葉流れて」とはこんな物語だったっけ。と、私はあらたまった気持ちで初めて原作を通読したが、これ全篇暑苦しく、むしろぎとぎとと、主人公・梨田雅之が麻雀を通して引きずり込まれるオトナの世界の危険で頽廃的な魅力が描き出され、間然するところない。

 小説では、梨田の周囲の人物たちがそれぞれに強烈な個性をもって彼の精神と肉体を翻弄する。とりわけ、梨田にギャンブル道を教え込む特異な先輩・永田と、ギャンブラーの父を持ったことで独自の人生哲学を手にいれているウエイトレスのテコ、毒々しい性の艶と博打の腕で圧倒的な引力を持つ姫子、この三人三様のキャラクターはごく魅力的かつ具体的で、思わず鮮やかに映像が浮かぶようである。だが、映画では田中哲司扮する永田に倨傲で尊大で雄弁な雀士のエナジーは乏しく、むしろ慎ましい。吉野紗香扮するテコに梨田よりずっと自立した聡明さと早熟さが感じられない。酒井真紀扮する姫子に、濃密なエロスやしたたかな人生への嗅覚のようなものが片鱗も感じられない。これはどうしたことか。いや誤解を防ぐために念を入れるなら、何も原作通りである必要など全くないのだ。私は本作を観て、人物造型にも映像にもあまりにも衝迫や生気がないので、それをどうにかするための参考として原作を持ち出しているに過ぎない。つまり、少なくともあの全体がざわざわと脈打つような原作が基盤としてあるのなら、この生気のなさは回避されるはずだと思うのだが。


病葉の含意とは?

 原作では、麻雀の具体的な対戦プロセスにじっくり沈潜することで、大学の友人たちが朗々と連帯して学生運動にエナジーを発散させてゆくのに対し、資質的に孤独を好む梨田が博打行為のなかで負のポテンシャルを高揚させてゆくさまを具体化してみせる。だが、映画版において梨田の麻雀は風景の点描でしかなく、そこへさらに国際反戦デーの新宿騒乱事件のニューズリールがイメージとして薄っぺらく対置される。これでは、梨田の麻雀を通した彼なりの闘争が学生運動と映画の実質でクロスすることはない。この表面的な主題の扱いは、冒頭の原爆投下の直前に傷痍軍人が身も蓋もなく「病葉」の含意を語るところにもうかがえる。

 ひょっとすると、この原作とは極端に隔たりのある静謐でしゃれた映像のタッチやとりすました演技のトーンは、原作に対する映画の立ち位置の違いを出したつもりかもしれないが、それならそれでもっと物語や人物がいきいきと生命を持たなければ全く無為なことだろう。

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