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プログラム・ピクチャー的な滋味に満ちた「女性映画」

2008/03/18

©2006 ツインズ  ジャパン
©2006 ツインズ ジャパン
●監督:大森一樹 プロデューサー:原公男 企画:吉田晴彦 脚本:大森一樹 撮影:林淳一郎 照明:磯野雅宏 編集:菊池純一 美術:丸尾知行 音楽(劇伴):山路 敦
●出演:高岡早紀山本 未來、河合美智子、筒井道隆、松岡俊介、松重豊、峰岸徹、岸部一徳
●2006年/日本/35㎜/ドルビーSR/ヴィスタ/113分/3月28日まで渋谷シネ・アミューズにて公開中
●配給:ツインズジャパン

大森映画の血肉となった、豊穣な70年代映画

 かつて16ミリ作品『暗くなるまで待てない!』(これは本当に面白うてやがて悲しき傑作だった)などの自主映画で評判を呼び、まだ京都府立医大の学生であった78年に松竹映画『オレンジロード急行』で颯爽と劇場用映画の監督としてデビューした大森一樹監督だが、当時この35ミリ処女作の興味津々のメイキングを綴った監督自身の著作があった。実はそこに、映画監督を夢見る大学生の大森青年が名画座や封切館で日々耽溺するように見まくった作品群のタイトルや感想文が、映画日記ふうに記されているコーナーがあって、藤田敏八深作欣二らを筆頭とする70年代の尖った邦画のプログラム・ピクチャーやATG作品、アメリカン・ニューシネマなどの異色作のタイトルがおびただしく並んでいたと記憶する。これらの豊饒の海のごとき映画の記憶が文字通り後の大森映画の血肉となっているわけだが、当時すでに邦画各社は史上最悪の貧窮ぶりでありながら、東映実録やくざ映画や日活ロマンポルノなどの二本立て三本立てのプログラム・ピクチャーを中心に、自在で挑戦的な映画づくりの震源地ともなっていた。そして、そんな70年代前半、日本映画の撮影所システム最後の狂い咲きによって育てられた大森監督は、自らが邦画の担い手となった後、青春物から特撮物、ミステリにコメディと、まさにプログラム・ピクチャー的幅広さであらゆるジャンルの作品を横断的に手がけ、それぞれ映画的に充実した仕上がりに結びつけてきた。

邦画界救いの星・大森一樹

 そして、現在の邦画が観客動員においていくぶん息を吹き返しつつも、無茶な自由を束縛されたセミ大作的な一本立て興行や、素人くさい極端にマイナーな制作・興行スタイルが大半を占め、めっきり映画に上質で且つ異色な面白さを見出し難くなっている状況にあって、「ひとりプログラム・ピクチャー」ともいうべき映画への貪婪な姿勢を実践しつづける大森一樹はもはや得難い救いの星なのである。そんな大森監督が放つ『悲しき天使』は、高岡早紀と岸部一徳の若手・ベテラン刑事の二人組が、殺人犯の立ち寄りが見込まれる平凡な市民宅の隣に先んじて張り込み続けるという構造が、どことなく松本清張「張込み」を思わせるけれども、「張込み」といえば松竹の名職人監督・野村芳太郎監督が橋本忍の脚色で撮った往年の力作がある。これこそまさに邦画の隆盛期に量産されたプログラム・ピクチャーがひょっこり生み落とした小味な佳篇であるが、『悲しき天使』はそんな文字通り張込み映画のお手本『張込み』に比べても遜色なき映画的な面白さに満ちた傑作である。

女優陣も、風景もいきいきと

 まず『張込み』もそこが要であったが、捜査する側とされる側の限られた人物たちのキャラクター造型が丁寧で開巻後ほどなくして観客は映画に引っ張り込まれるだろう。恰好な例なのでさらに『張込み』を引き合いに出していえば、ちょうど高峰秀子に相当する温泉宿の経営者を筒井道隆が演じているが、『悲しき天使』は彼を陰の軸とはしつつも、彼をとりまく山本未來、河合美智子の二人の女性を前面に張り出させ、その二人の秘める(多くは書けないが)深い愛情ゆえに生まれた不思議な関係性を、同世代の女性としてもの思う高岡早紀の刑事がニュートラルに見届けるという構図によって「女性映画」としての独自の面白さを獲得している。女優陣はみんないい演技で惹きつけるが、くだんの筒井や高岡早紀のお目付け役のベテラン刑事に扮する岸部一徳、犯罪の原点を凶悪に演ずる峰岸徹といった男優陣は、この「女性映画」のいきいきした展開をうながす「触媒」的立ち位置でおさまりよく好演している。また、『張込み』の魅力を支えた大きな柱は機動的なロケーション風景のふんだんさであったが、『悲しき天使』もその点は同様に舞台を別府や大分に設定したことが功を奏して、旅情をそそる温泉街はもとよりホバークラフトの意外な活用など、ヴィヴィッドな風景の力が生きていた。

異色の傑作の再公開に快哉を

 本作には旬のアイドルやスターが出ているわけでもなく、大きいバジェットを注ぎこんだ見せ場が用意されているわけでもない。撮影所の量産時代にこういう構えの作品が制作される場合といえば、まずは二本立てプログラム・ピクチャーの「添え物」というかたちであったに違いない。が、およそ人々を予期せず瞠目させる異色の傑作が生まれるのは少なからずそういうケースだったのである。本作は2006年の東京国際映画祭で上映されて静かな好評を呼びつつ、きわめて不遇な公開のされ方に甘んじていたので(私に強烈にすすめられて辛うじてスクリーンで本作を目撃した幾人かの映画ファンたちは、なぜこれほどの佳篇がこういうかたちでしか公開されないのかと首をひねったものだ)、今回の再公開に快哉を叫びつつ、大森一樹の「ひとりプログラム・ピクチャー」映画渡世をあらためて称揚するものである。

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